そうして解放された失落の飛燕団四十二名と、五百の兵士による遠征の準備が始まった。
 傭兵団の幹部やクララの指示によって、大量の爆薬や食糧が次々と荷車や馬車台に積み込まれていく。
 既に自分の双剣を含め準備を終えたクズは、全体の様子をアウグストとともに観ていた。

「――テメェまで付いてくるとは、どういう腹つもりだ爺」
「孫娘を未亡人にさせたくはないのでな」
「どうして、そこまで俺とクララを結婚させたがる。……まさか、あんたまで実績のある強い王をとか本気で思ってる訳じゃねぇんだろ」
「孫娘には、好きな者と幸せになって欲しい。幼少の頃、クラウスを鍛えるために魔域までついてきたクララは、本当に純粋な笑顔でお前との会話や成長を楽しんでいたのだ」
「孫娘の幸せのため、か」
「……それだけではない」
「あん?」
「クラウス、ワシはお前と師匠ではなく――肉親になりたいのだ」
「……何を言ってやがる、寝言は永眠してからゆっくり言いやがれ。俺にさんっざん地獄を見せてきたくせに」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすという。そうする獅子の気持ちと同じかはわからん。しかしワシはな、クラウス。――お前には奪われず、幸せに生きて欲しかった」
「……爺」
「それでもこの世には、個人では決して叶わぬ強者がいる。家族、国家――民衆。それら全てに虐げられ、見捨てられたクラウス。お前の側に行って、ワシは力を貸したかった……ッ」
「……」
「ワシは国家という檻に入り、組織という鎖に繋がれている。お主が危険でも、立場上は連携することすら許されない自分を悔いた。心より、情けなくなった……! だが、家族という強い連結があれば、ヘイムス王国では鎖を断ち切る理由にもなる。実の子のように愛してしまったお前が不幸になる所を、二度と見捨てたくはないのだ。……余命が僅かであっても、最後まで己が成したいことへ向かい続けたい」
「……そうかい。なら、せいぜい長生きして見てろよ」
「……ああ、そうしよう。クラウス、その昔、魔域での訓練中に――ワシが望む最期について語った事を覚えているか?」
「……忘れたよ、そんな昔のこと」
「そうか……」

 忘れたなど、嘘である。
 クズはしっかり覚えていた。
 アウグストは『柔らかいベッドの上で死ぬのではなく、戦場を枕に死にたい』と常々語っていた事を――。
 だが、あえて覚えていないふりをする。
 やがて全体の準備が完了すると、クララ指揮の元で進軍が開始された。
 クララの後方にはアスグストやクズ、そして傭兵団の面々がくつわを並べ、指揮の補佐をしている。
 そうして行軍する毎日の中でクズは――アウグストと会話する事が多かった。

「この道を覚えているかクラウス」
「忘れる訳がねぇだろう。地獄までの道だからな」
「幼かったお前には、生涯忘れられぬ恐怖だろうな。存分にワシを恨むがいい」
「……恨みも忘れたことがねぇよ。このストールと一緒に、ずっと俺にまとわり付いてきてる」
「――やはりそれは……最終試験で、血塗れになったクラウスの血を拭ったストールか」
「ああ。――元はあんたのトレードマーク、首に巻かれていたもんだからな。恨みを忘れないにはもってこいだ。いつかあんたの死に顔に巻いてやるって決めていた。だから勝手に死なれると計画が狂うんだよ」
「ふっ……そうか。ヘイムス王国へクラウスが送られて来て、一年ほどは王宮で過ごしたか。あとは魔域と戦場だったな」
「王宮でも安らぎは無縁だったがな。軍略や儀礼、まともな鍛錬をみっちりと一年ぐらい叩き込まれたな」

 そして十三歳から――『師匠からの誕生日プレゼントだ』と満面の笑みを浮かべたアウグストが、魔域へクラウスを連行してからの様子を語りだす。