「……は?」
「あらあら? 遅効性のはずでしたのに。お年寄りはやっぱり、早く眠くなるんですかね?」
「お前らも寝てんのかよっ!? バカしかいねぇな……」

 意識が完全に途切れる前に渾身のツッコミを入れた。

(畜生、意識が……っ。いや、クララだけなら逃げる隙があるかもしれねぇ――耐えろ、俺! 負けんな、俺はできる子だッ!)

 クズが唇を噛みながら意識を保っていると、優雅な足取りでクララが目の前にやってくる。
 スッとしゃがみ込みながら、クズの顔を優しく両手で包み込み――。

「――これでやっと、二人きりの世界にいけますわね。――この想い、もう二度と離しませんわ」

 クズは意識を即座に手放した――。


 目が覚めると、そこは夢の国だった。
 ピンク色の部屋に、ファンシーなお人形が一杯飾られている。

 ――クズの等身大人形や、クズの刺繍がされた抱き枕、幼き頃から今に至るまでのクズの絵画が飾られていた。

「……夢ならば、どれほどよかっただろう」
「――あらっ。クラウス様、目が覚めましたのね。突然意識を無くされて……私、心配してましたのよ」
「どの口がそれを言う」
「この口ですわ。疑うようでしたら、確かめますか?――口づけで」
「……」

 クズは即座に黙った。自分も人形だというぐらいに。

「クラウス様は、私が眠らせたと疑っておいでですの? 証拠はございますか?」
「証拠だせ根拠出せって言う奴らはマジで面倒だな。……そんで、この腕輪も俺の筋力を奪うってか? 首輪に足枷に加えて、容赦ねぇな。筋肉を殆ど動かせねぇぞ」
「ふふっ、そうですわ。国宝三点セットで完全に脱力ですわ。力なくソファーに座って、ちょっと身体が傾くと倒れてしまう。私の支えがなければ、姿勢すら直せない。ご飯も食べさせてと懇願する……興奮してしまいますわ。クラウス様ったら、お人形さんみたいで可愛いですわ」
「――ああ、やっぱり俺は……軟禁されて人形になるのか」

 つっと頬を涙が伝っていく。
 かつて傭兵団とヘイムス王国方面へ行く行かないで揉めた時の会話を思い出す。

(クララは昔から、一途が過ぎて病んでたかんな……。人形が好きだし、こうなる可能性も分かってた。だからこんな国、来たくなかったのに……)

 後悔先に立たずという言葉がある。
 今さら悔いたところで、現状は変わらない。
 己の背負った五億ゼニーもの借金と黄金の鎖というクランへの恨みで軽率な行動をした過去は消せない。

(全部、金のせいだ。金貨も金色の何とかも……金色は全て消すべきだ)

「時よ戻れ!」
「クラウス様、何を言っているのですか?」
「いや……。隠された俺の天職とか、そういうのが都合良く覚醒してくんねぇかなってさ……」

 勿論、行動する前に戻ることは不可能だった。

「そう私を邪険にしないでくださいな」
「お人形状態で軟禁されてんだぞ、当然嫌がるだろ」
「まるで私が悪役のような言い草ですわね」
「この行い、お前は悪役王女役として立派だよ。演技で役作りしてねぇなら、ただの悪だ」
「あらお上手。それならクラウス様は悪役王太子ですわね。私と結婚すれば悪王役ですが」
「もし俺のようなクズが王になんてなったら、小悪党の王でしかねぇだろ」
「一緒に悪の組織の親玉として、勇者や英雄に退治でもされますか?」
「御免こうむる。俺は責任を放棄して自由に生きたい、どこにでもいるただのクズだ」
「自らをクズと言い張っているという噂は、本当なのですね」
「事実だからな」
「……そんなに過去を悔いておいでなのですね。さぞかし、お辛かったでしょう……」
「――クララ……」

 クララはそっとクズに腕を回し、抱擁した。
 そこに汚い下心などなく、真に自分の身を案じてくれていると感じさせる柔らかさだ。

(思えば……アウグストの爺の鍛錬で魔域に連れて行かれた時も、クララは心配して常に付いて来てくれたよな)

 もはや遠くに感じる過去――幼いクララが自分を慕い、危険な場所にまで付いてきた姿が脳裏に蘇る。

「……辛い思いをされたクラウス様を、孤独にはさせませんよ」
「クララ……俺はお前に感謝――」
「――一生」
「していた。過去形でお前の気持ちには応えられないので、今すぐ解放しろッ!」

 『感謝している』と、現在進行形で話しそうになっていたのを軌道修正した。

(あっぶねぇ! こんな重い想いを抱えた女、怖くて仕方ねぇよ!)

 クララは抱擁を解くと、クズの顔を優しく見つめながら――。

「貞操を気にされているのですね?」
「あと命も、かな」
「安心してください。私は貞淑でロマンチストです。同じ部屋でも、クラウス様との閨は別にいたします」
「なんだ、それならよか――」
「――これから、私とゆっくりじっくり……愛を深めていきましょう」

 深い愛という狂気に染まった瞳が、半月のように歪む瞼の中で煌めいた――。