謁見の間に一歩足を踏みこめば、沈み込んで足が取られそうな程に厚い赤絨毯。そして壁には見事な意匠で創られた金細工の数々。
 まるで高級なパーティー会場のように広い室内だ。室内には豪奢な衣服を着た貴族、派手な鎧に身を包んだ衛兵、文官などが大勢おり、左右に控えている。
 大理石で作られた床の中央には、海が割れたように謁見へ訪れる者が通る道が用意されている。
 数段高い所に座って見下ろす王の御許までたどり着けるようになっていた。

「――表をあげよ。我がヘイムス王、エゥロイ・カンデ・ヘイムスである。そなたらの名は?」
「……傭兵団、失楽の飛燕団所属のマルター・ヴィンセントです」
「同じくナルシス・ジュエットと申します」
「ぼ、ぼくはアケチチサです!」
「……アレクサンドラ・ベルティーナ・アナントです」

 アナが名乗りを上げた瞬間、居並ぶ臣下たちが「アナントだと?」、「まさか王女が存命だったというのか?」、「なぜそんな方が傭兵などに……」とざわめきだす。
 だが王がスッと手を左手を挙げた瞬間、一瞬で口を噤んで静粛な場に戻った。
 誰もが姿勢を正し、王に対して失礼のないように姿勢を正す。
 王冠の下から溢れる長い金髪を揺らしながら頷き、王は満足げに言葉を続ける。

「うむ。そして――」
「――俺をここから出しやがれクソ爺」
「久しいな我が甥、クラウスよ。会いたかったぞ」
「そうか、会えて良かったな。俺も俺も、じゃあもう会えたことだし、帰らせてくんねぇかな?」
「そうつれない事を言うな。我が妹と血の繋がるクラウスに会える日を楽しみにしていたというのに」
「そうかい。相変わらず、王家と血の繋がる奴だけは贔屓しているようだな。早く帰らせろ」
「当たり前だ。一時の忠誠心などは状況や年月で直ぐに変わる。だが唯一不変で一生変わらないもの――それこそが身体に流れる血だ」
「だからってさ、領主貴族全員を王家と血縁があるヤツで固めるのはやりすぎだと思うんだよ。これ、前に沢山話したよね。じゃあ、またな」
「貴族だけではない。有力な将校もだ。例え我が崩御したり、内乱が起こり王が替わろうと――ヘイムス王家の血脈は永遠だ」
「自分の御国と血を大切にするのは結構。だから、血が繋がってないヘイムス王国は見捨てたってか。俺は実家に帰らせていただきます」
「うむ。愛する妹や甥の為にならばな。魔域からの防衛や金銭面でどれだけ疲弊していようと援軍を送る。血の繋がる家族を護る為ならば……な。――だが愚かな事にアナント王国は我が妹、ディアマンテを病で死なせた! 挙げ句の果てには甥であるクラウスを裏切り者と呼ぶ始末だッ! そんな奴らのために援軍を送るなど、するはずがなかろうッ!」
「熱く語ってんな、爺」
「……すまんな、当時の怒りを思い出してしまった。――だが、我が愛する甥が生きていたと知って……我は歓喜に震えたぞ、クラウス!」

 王は腕を広げて玉座から駆け下り、クズを力一杯抱きしめる。

 ――がしゃんがしゃん。

「おお、愛しのクラウス……本当に、大きくなったな」
「……爺、そう思うなら――早くこの檻から出せよ! 俺は珍しい危険動物か!? オイ、家臣共なに見てやがるっ。見世物じゃねぇんだぞ、あぁ!?」

 クズは台車に乗せられた檻に入れられて謁見の間へと運び込まれていた。
 嬉しそうに破顔して寄ってきたヘイムス王を見ると、自分が愛玩動物にでもなったように感じる。