「――さぁ、特別な場へ着きましたぞ。ギルバート殿」
「……おい、これはどういうことだ?」

 階段を昇ってたどり着いた場所は――闘技場であった。
 それも、控え室などではない。石造りのリングの真横である。
 地下から地上に出た瞬間、大観衆の声が響き渡り身体が震えた。
 クズに関しては、怒りで震えるという部分もあったが――。

「……闘技場、初めてきた」
「ヘイムス王国では、騎士や剣闘士が訓練を兼ねて戦闘するんだよね?」
「僕も聞いた事があるな。民への娯楽になりつつ、優れた者を見つける場にもなってるって。――ああ、みんなが僕に注目している。――素晴らしいよ」
「はい! ぼく、出場したいのです!」
「申しわけありませんが――既に特別試合としてギルバート殿がエントリーされています」
「――俺を、はめたな?」
「おや、何のことでしょうか?」
「……テメェは、俺に嘘をついた。俺を……そういう場所に連れて行くといったのに……ッ」
「私は何一つ嘘などついておりません。VIPだからこそプロの特別なサービスを受けられる場です。戦闘のプロが特別な経験をギルバート殿と学ぶ。――全て本当の事ですよ」
「――テメェだけは許さねぇ……ッ。俺の純情を弄びやがってッ!」
「それは丁度良い。特別試合でギルバート殿と対戦するのは――私です」
「……死ぬ覚悟はできてんだろうなぁ!?」
「……なんかねクラウス、ちょっと小物臭いセリフだよ?」

 アナのツッコミも、今は聞こえない。
 クズは怒りで燃え、刺すような眼差しを近衛騎士へと向けていた。

「申しわけありません。ですが、本日の特別試合は陛下も照覧されるのです。それはもう、楽しみにしておられて――注目しています。私とて、出世がかかっているのです。どうかご理解いただきたい」

 ぺこりと頭を下げたかと思うと、近衛騎士は陛下やリングに一礼してから中央へと進み、直立してクズを待つ。
 逃げる為に地下道の入口を確認するが、すでに多数の王国兵が閉鎖した上で見張っていた。
 とてもじゃないが逃げられる状況ではない。

「クソが……。仕方ねぇッ!」

 左右の腰に帯びた剣を確認するようにガシャリと鳴らしてから、怒りを隠す様子もなくクズはリング上へズンズンと進む。
 高い場所に設けられた特別席では、王を始めとする一族が立ち上がって拍手をしていた。実に愉快そうな笑みで。
 そんな王族を見て、民の興奮も更に上がる。
 リング中央で睨み合う両者。

(開戦の合図と同時に一瞬で叩きのめして――呆気にとられているうちに逃げる! じゃねぇと、俺は……ッ!)

 王族と目が合ってクズは焦っていた――濃密な危険、面倒ごとの匂いがすると。
 ――そして、ジャアンと開戦を告げる打楽器の音が響いた。

「死ねや嘘つきのクズ野郎がぁああああああああああああああああッ!」

 双剣を抜き最速最短の距離を通り――刺突で近衛騎士の腕を狙う。
 剣を持てないようにすれば、勝利が確定するのだから。

「――……なッ!」
「甘い」

 動きを読んでいたのか。
 クズの剣をスルッと回転して受け流し、近衛騎士はクズの真横へ移動する。

「――……ぐッ!」

 そのまま両手剣の柄をクズの脇腹へ叩き付ける。
「脇腹、特に肋骨は前からの衝撃には強いが、横からの衝撃にはすこぶる脆い。――手応えは十分。折れた肋骨が、肺にたちしたかのう?」
「――……テメェ、まさか……ッ!」
「――疑うこともせず、外見に騙されるとは……。この未熟者が」
「まさか、アウグストの爺……か?」
「師匠と呼べ。全く、若者の歩方や姿勢まで真似ずとも、今のクラウスなら騙せそうだな」
「……その姿、宮廷魔術師か誰かに、幻術魔法をかけさせているのか。……そこまでするかよ」
「ふん。誘惑に負け敵地に誘導された挙げ句、怒りで単調な動き。その上、ワシの戦力まで見通せず負ける貴様には、文句を言う権利などない。ワシの教えを忘れたか。『弱者は――』」
「『何も護れない、語る場もない。奪われるだけだ』だろ。……簡単に忘れられるほど、柔な授業してなかっただろうが」
「ほう、覚えておったか。現に、クラウスは一度大切な者を失ったようだからな。――もう一度、失ってみるか――……ぬぅッ!」

 クラウスが両手剣を上段から切り落とすのを、アウグストは何とか受けとめる。