「大友さんは、どういう意味だと思う?」

「死ぬのは最後の手段として置いといて、もう少しだけ生きてみろってことじゃないですか。あたし、病んでる時、いつも詰子さんに死にたいって言ってましたし」

「そうか」

言っておきながら、田中さん自身は自ら命を絶つ選択をした。

もしその事実を大友さんが知っていたら、今回違う結末になっていたかもしれない。もちろん最悪の意味で。

知らなくていいこともある。

田中さんが自ら命を絶ったことは、大友さんには関係ない。

彼女の中で田中さんが神格化されているのなら、それでいい。結果的に一人の少女の命を救ったのなら、それ以上は何も知らなくていい。

突然いなくなった田中さんを、もう赦してしまいたい。

だから、突然いなくなった僕を、(ゆる)してほしい。


「自分だけ先に逝っておいて、ほんと勝手な人ですよ。詰子さんは」

「……え」

「メッセージが来てから数日後に、詰子さんは自殺しちゃったんです」

「今、なんて……」

「ニュースになってましたし、SNSでも結構話題になってましたよ。詰子さんの本名が”田中佳”っていうことも、その時知りました。なんか、本名とか生活とか勝手に晒されて、可哀想でした」


大友さんは、全部知っていたのか。

だったら。


「おりえって、大友さんだよね」

「……なんで知ってるんですか」

「……田中佳は、僕の同級生だ」

「うそ……」

「昨日話した亡くなった同級生は、田中佳だ」


言葉を失った僕らは、ただ呆然(ぼうぜん)と見つめ合うことしかできなかった。

既に(よい)の口を迎えようとしている空からは自然な光を取り込むことは難しく、古ぼけた蛍光灯の人工的な光で辛うじてこの空間を灯している。

既に知っているのであれば、訊かなければいけない。


「田中さんは、あんなことを言っておいて、自らは死を選択した。無責任だとーー」

「蒼さん……!」


大友さんは言い切ることを許さない。目に涙を溜めながら僕に訴える。


「詰子さん……佳さんは、きっと色々悩んで決めたんだと思います。あたしは佳さんが無責任だとは思いません。あたしを救おうと一生懸命励ましてくれたんです。蒼さんも佳さんと一緒にいたのなら、佳さんが軽い人間じゃないことくらい十分わかっているんじゃないですか」

「……わかってる。一生懸命なのは、いつも十分伝わってた」


その一生懸命さが崩れるところも、全部。

目を(つむ)ると、溜めていた涙が一筋の透明な線を描いて滴り落ちる。そんな大友さんを、僕はただ目に焼き付けることしかできない。


「佳さんが前に言ってたんです。私にはいつも支えてくれている人がいるって」

「え……」

「その人は、ちょっと理屈っぽくて感情を表に出さなくて、いつも生き辛そうにしている。でも、妹想いで、よく見ると意外と格好よくて頭もいい。彼にはもっと自由に生きてほしいって。蒼さんのことですよね」

「な……」


知ったところで、いまさらどうしろというんだ。

死んだ彼女が戻ってくるわけではない。

頭の中で、何かが音を経てながら崩れる音がした。そのせいで、今まで押さえていたものが一気に吹き出し、それを抑えるのに必死だった。

過ぎ去ったことを振り返ることはもうしない。

そう思っていたはずなのに。


「何であの時、そばにいてあげなかったんだろう……」


漏れ出た言葉を、目の前の少女は丁寧に拾う。
「あたしも、佳さんに頼りきってばかりだった。どうして佳さんの力になってあげられなかったんだろう」

僕らはようやくこの世からいなくなった田中さんを(いた)んだ。

溜め込んだ想いを出し切るように、ちゃんと哀しみ、ちゃんと後悔し、(はばか)ることなく涙を流した。