思いがけないところでその名前を聞いてしまった僕の心臓は、平静を保とうとするので精一杯だった。
神経質になりすぎているのは自分でもわかっている。執拗なのはわかっている。
でも。
「詳しく教えてくれないか」
突然食い入るように話を訊こうとする僕に、大友さんは明らかに困惑している。けれど只事ではない気配を察知したのか、すぐに続きを話してくれた。
「すごく美人な見た目をしていて、声も透き通ってて、なのに会社でいじめられて居場所がなくなっちゃったっていう痛キャの配信者さんだったんです。当時あたしも学校でいじめられてたので、何気なく見てみたら、すごく共感しちゃったんですよね」
まるで推しの話を誰かに聞いて欲しかったみたいに、大友さんは嬉しそうに話を続ける。
「ただ、詰子さんは容姿で勝ってるのにネガティブなことばかり言ってたので、むかついてDMで文句を送りつけたんです。そしたらすぐに返信が来て。
あたし、絶対怒られると思ってたんですけど、なぜかすごく丁寧に謝られてびっくりしました。しかも詰子さん、めちゃくちゃ綺麗な文章を綴るんですよ。声も容姿も文章も綺麗だなんて、反則ですよね」
その情報だけで十分だった。
間違いない。大友さんは、田中さんと交流があったんだ。
田中さんのもとにはタチの悪い人間が絡みに来ることが度々あった。
どんな相手にも分け隔てなく接する田中さんの性格は、見ているこちらが気を揉むほどだった。適当にあしらえばいいのに、いちいち彼女は言葉を選んで誘いを断る。
だから勘違いした相手は執拗に迫られていることも少なくなかった。よく考えると、大人になってからの方が多かったような気がする。
「そこからSNSで交流することになったんです。と言っても、あたしが一方的に話を聞いてもらってただけなんですけどね。その時くらいからですかね、詰子さんがキャラ変したのは。動画で『似たような境遇の人を支えます』って宣言してたんです。でも……」
大友さんは言葉を詰まらせる。
無理もない。動画の荒れようは僕もこの目で見ていた。
「ごめん、話せるところだけで大丈夫だから」
大友さんはおもむろに机の上に置いてあったペットボトルを手に取ると、小さく息を吐いてから蓋を捻り、喉を湿らせるようにゆっくり水を飲む。
「詰子さんの配信でコメントが荒れ始めたんですよね。よってたかってウザ絡みされてて。あたし、コメントでやばいこと言うやつを片っ端から通報してたんですけど、追いつかなくて。何度か途中で動画配信が切れちゃうこともあって。結局ライブ配信も投稿していた動画もあたしとの連絡も全部途絶えちゃったんです」
ネットの世界でも居場所をなくした田中さんは、その後どうしていたのかわからない。
彼女の遺体が発見される数日前、田中さんの部屋から人の気配は感じられなかった。気にはなったが、僕はしばらく彼女と距離を取ることを決めていたから、敢えて僕は何も感じないようにしていた。
彼女は不特定多数をに相手にできる人間じゃなかった。そういうことに薄々気が付いてはいたのだけれど、忠告しようとは思わなかった。
「心配して何度もメッセージを送ったら、3日後くらいに返信があったんです」
「どんな内容だったか、訊いても」
大友さんはスマホを手に取り、スクショで保存した画面を僕に見せた。
『自分の人生は自分で決められるよ。だから、つらい時は深呼吸してからもう一度考えてみて』
ありきたりな言葉だったが、それは紛れもなく田中さんの言葉だとすぐにわかった。追い詰められた極限状態で、よくもまあ。
彼女は最期まで理想を求めることを忘れなかった。
神経質になりすぎているのは自分でもわかっている。執拗なのはわかっている。
でも。
「詳しく教えてくれないか」
突然食い入るように話を訊こうとする僕に、大友さんは明らかに困惑している。けれど只事ではない気配を察知したのか、すぐに続きを話してくれた。
「すごく美人な見た目をしていて、声も透き通ってて、なのに会社でいじめられて居場所がなくなっちゃったっていう痛キャの配信者さんだったんです。当時あたしも学校でいじめられてたので、何気なく見てみたら、すごく共感しちゃったんですよね」
まるで推しの話を誰かに聞いて欲しかったみたいに、大友さんは嬉しそうに話を続ける。
「ただ、詰子さんは容姿で勝ってるのにネガティブなことばかり言ってたので、むかついてDMで文句を送りつけたんです。そしたらすぐに返信が来て。
あたし、絶対怒られると思ってたんですけど、なぜかすごく丁寧に謝られてびっくりしました。しかも詰子さん、めちゃくちゃ綺麗な文章を綴るんですよ。声も容姿も文章も綺麗だなんて、反則ですよね」
その情報だけで十分だった。
間違いない。大友さんは、田中さんと交流があったんだ。
田中さんのもとにはタチの悪い人間が絡みに来ることが度々あった。
どんな相手にも分け隔てなく接する田中さんの性格は、見ているこちらが気を揉むほどだった。適当にあしらえばいいのに、いちいち彼女は言葉を選んで誘いを断る。
だから勘違いした相手は執拗に迫られていることも少なくなかった。よく考えると、大人になってからの方が多かったような気がする。
「そこからSNSで交流することになったんです。と言っても、あたしが一方的に話を聞いてもらってただけなんですけどね。その時くらいからですかね、詰子さんがキャラ変したのは。動画で『似たような境遇の人を支えます』って宣言してたんです。でも……」
大友さんは言葉を詰まらせる。
無理もない。動画の荒れようは僕もこの目で見ていた。
「ごめん、話せるところだけで大丈夫だから」
大友さんはおもむろに机の上に置いてあったペットボトルを手に取ると、小さく息を吐いてから蓋を捻り、喉を湿らせるようにゆっくり水を飲む。
「詰子さんの配信でコメントが荒れ始めたんですよね。よってたかってウザ絡みされてて。あたし、コメントでやばいこと言うやつを片っ端から通報してたんですけど、追いつかなくて。何度か途中で動画配信が切れちゃうこともあって。結局ライブ配信も投稿していた動画もあたしとの連絡も全部途絶えちゃったんです」
ネットの世界でも居場所をなくした田中さんは、その後どうしていたのかわからない。
彼女の遺体が発見される数日前、田中さんの部屋から人の気配は感じられなかった。気にはなったが、僕はしばらく彼女と距離を取ることを決めていたから、敢えて僕は何も感じないようにしていた。
彼女は不特定多数をに相手にできる人間じゃなかった。そういうことに薄々気が付いてはいたのだけれど、忠告しようとは思わなかった。
「心配して何度もメッセージを送ったら、3日後くらいに返信があったんです」
「どんな内容だったか、訊いても」
大友さんはスマホを手に取り、スクショで保存した画面を僕に見せた。
『自分の人生は自分で決められるよ。だから、つらい時は深呼吸してからもう一度考えてみて』
ありきたりな言葉だったが、それは紛れもなく田中さんの言葉だとすぐにわかった。追い詰められた極限状態で、よくもまあ。
彼女は最期まで理想を求めることを忘れなかった。