「来てくれるとは思いませんでしたけど、来て欲しいとは思ってました」

「心配したよ。突然電話も切れちゃったし」

「あの時、途中で電波が切れちゃって。ごめんなさい」


うろうろと床に視線を泳がせている大友さんに、拾ったスマホを手渡す。


「ありがとうございます。電話が切れた時、むかついて投げちゃったんです」


にへっと笑みを作る大友さんの顔を見て安心したのか、つられて僕も微笑する。


「それだけ元気なら、心配いらなかったね」


僕が冗談を言うと、大友さんはじっと僕の目を見つめながら、


「元気そうに見えますか?」


と言った。

何かを訴えているようにも見えたが、それ以上深く考察することはやめた。

距離感を取ることは忘れなかった。

だから大友さんがその後、


「あたし、死のうとしたんです」


と言っても、大きく動揺することはなかった。

冷静にいられるのは、本当に死んだ人間を知っているから。

そう考えると、田中さんの死を目撃したことは無駄じゃなかったと、今更ながら前向きに捉えることができた。

ただ、ここから先のことはわからない。

逃げ出した僕は、この後彼女にどうしてあげればいいんだろうか。


「なんかもう全部嫌になって、線路に飛び込もうとしたんです」

「飛び込むのはやめた方がいいよ。周りの人の迷惑になるし」


僕は何を言ってるんだろう。


「それ、あたしも思いました。飛び込んじゃったら、あたしの死体は誰かが片付けなきゃいけないじゃないですか。それに電車を止めると、運転手さんにも、乗客にも迷惑がかかっちゃいます」

相手の立場になって物事を考えられるのは、もちろん彼女の性格によるものが大きい。

ただ、環境による部分も多いと思う。実際僕自身かもめ書店で接客業を経験してから、相手が何を考えているのかをより考察するようになった。大友さんも、少なからずその影響を受けているだろう。


「あと、遺族が賠償金を支払うことになるから、おばあちゃんにも迷惑がかかるよ」
「どれくらいですか」

「数千万から数億って聞いたことがある」

「たっか!おばあちゃん人生三周くらいしないと払えないですね」

「何お婆さんに払わせようとしてんの。というか、それ以前に、大友さんが死んじゃったら、みんな悲しむよ」

「どうですかね」


大友さんは吐き捨てるように言った。


「少なくとも、かもめ書店のみんなは悲しむと思う」

「蒼さんも、悲しんでくれますか」


それは。


「……」


相変わらず、肝心なところで何も言い返せない。


「冗談ですって。そんなに重く受け止めないで下さいよ。あ、でも、沙希さんや松田さんは優しいから、悲しんでくれそう」


勝手に死にかけておきながら何を言ってるんだお前は。なんてことを、ただ感情に任せて放ってしまえばどんなに楽か。


「よく考えたら、誰にも迷惑をかけずに死ぬなんて無理なんですよね。一人で死ぬ方法はあるんです。睡眠薬を飲んだり、練炭を炊いたり、海で河豚を釣って食べたり。でも、死んだらあたしの死体も、あたしのカバンやスマホも全部残ったまま。誰かが処分しなくちゃいけないんです。それって絶対誰かの迷惑になっちゃうってことですよね。そう考えたら、もう生きるしか選択肢が残されていないじゃないですか」

「そう考えるのなら、まだ死なない方がいい。中にはそんなことすら考えないで勝手に死んでいく人間もいるくらいだし」


誰のことを言ってるんだろう。

幸い大友さんは僕の含んだ言葉を無視し、自分の話を続ける。


「結局あたしは死ねなくて、飛び込もうとした電車で終点まで行って、駅前にある公園のベンチに座ってたんです。そしたらいつの間にか低体温症で倒れてたみたいで、死にかけちゃいました」

「……何やってんだよ。まったく」


わざとらしく溜息(ためいき)()く。間違ってないよな。


「電車を待っている時、ふと詰子さんの言葉を思い出したんです。そしたら、急に死ぬのが怖くなってきちゃって」
「え……?」

「あたしの好きだった配信者さんです」

「まさか……」