もしこのまま(うだつ)の上がらない会社員生活を過ごさなければいけないのであれば、思い切って逃げてしまうのもありかもしれない。

妹が独り立ちするまでに必要なお金さえ手に入れば、あとは自分一人だけの生活をなんとかすればいい。

今の時代は副業の種類も豊富に存在するため、今からスキルを身に付けようとしても十分間に合うのではないか。

そんな生活を田中さんにも提案してみようか。

余計なお世話かもしれないが、何か打開策を見つけられるかもしれない。

それにもし、彼女さえよければ。


「館山。お前やっぱすげーな」


成長期の学生のような食べっぷりを見せる館山のお皿に、まだ手を付けていないアジフライを乗せておく。館山は軽く「サンキュ」と言ってからすぐに尻尾もろとも綺麗さっぱり平らげてしまう。


「お前らこそすげーわ。勝手に色々背負い込みすぎなんだって」


豪快にお茶まで飲み干し、ふうっと息を吐いて手を合わせる。


「田中さんはお前にとって大事な存在なのは十分にわかった。高倉、大事なら、お前が護ってやれよ」


いつもの言葉で締め括った館山は休憩時間に調べたいことがあるからと言って、先に自分の休憩所に戻っていった。

取り残された僕は館山のおかげで肩の荷が下りたのか、少しだけ食が進んだ。

感情の落差が大きければ大きいほど、人格を大きく(ゆが)ませる。

高揚した状態が最も危険だということを、僕はまだ身をもって体感したことがなかった。


仕事を終えて寮に帰ると、駐車場に救急車やパトカーが集まっていた。

早朝から物々しい雰囲気に支配されている。よく見ると僕の上の部屋の窓にはブルーシートが貼られており、外からは一切見れない。

慌てて2階に上がろうとしたが、階段には立ち入り禁止のテープが乱暴に貼られている。

これ以上の説明なんていらない。

すぐにわかった。

田中佳はもうそこにいない。



遅かったんだ。