「あのさ。少しは部屋の掃除くらいはしたらどう?最近ちょっと荒れすぎだよ」

悪気なんてなかった。だって健全な状態の彼女はいつも笑って受け流してくれたから。けれど、今の田中さんはかなり容態が悪化していたことを、瞬間的に忘れてしまっていた。


「ここは私の部屋なんだから、別にどうしようと私の勝手でしょ。別に頼んだ覚えなんてないし」

「そうだけど、最近明らかに生活がめちゃくちゃになってる。実際僕がいないと部屋も綺麗に保てないし、飯もろくに食えないじゃないか」

「なにそれ。まるで蒼くんがいないと生きていけないような言い方ね」

「実際そうじゃないか」


配慮を欠いた僕らに火消しの方法なんてわからない。互いに己を護ることで精一杯だった。


「私は自分で生きることも死ぬことだってできる。自己満足を履き違えてマウント取ろうとしないでよ」

「だったら証明してみろよ」


互いに収拾(しゅうしゅう)が付かなくなた口論は、物理的に強制終了する選択肢しか残っていない。()えかねた僕は部屋を出ていくという典型的な方法で幕を閉じる。

今の彼女は受け止められる余裕がないことくらいわかっていた。

悪いのは僕だ。

そう思うからにはちゃんと後悔すればよかったのに。

実際に感じた気持ちは、ようやく彼女から距離を取ることに成功したという安堵(あんど)と、行き止まりだと思っていた迷路を無事に抜け出したような開放感。

汚い自分を可視化するため、部屋に戻ってから勢いよく鞄を壁に投げつけ、自分を激しく嫌悪する。その音が彼女に届いていたのかはわからないが、届いてほしいとは思った。

あれから僕は田中さんの部屋に行くこともなくなった。

けれど性懲(しょうこ)りもなく彼女のライブ配信を覗くことは辞めなかった。

仕事が終わると自分の部屋へと直行し、動画のアーカイブに目を通す。コメント欄にはいつも”おりえ”が感謝の言葉を投稿し、人生詰子はそのコメントだけにコメントを返し、余計に反感を買っていた。

汚されたコメント欄の中で、人生詰子とおりえは身を寄せ合っていた。