ポケットに入っていたスマホが着信を告げる。

かもめ書店からの着信だ。今まで誰かがシフトに入れなくなったから代わりに入って欲しいという電話は度々かかってきたことがあったが、こんなに時間に連絡があるのは珍しい。

慌ててお店の外に出ようとしたら、郁江さんはそのままで大丈夫と促してくれた。


「お疲れさまです。高倉です」


なるべく手短に済ませて欲しかったから、普段よりも疲れた声を作ったが、そんな僕のささやかな抵抗はすぐに一蹴(いっしゅう)される。


「お疲れ様。藤野です」

「どうしたんですか?」

「急に連絡して申し訳ない。さっき本部からのメールで確認したんだけど、お店の閉店が決まって、急遽年内でお店を閉めないといけなくなったんだ」

「え……何ですか、それ」

「ついさっき決まったことみたいでまだ詳しい事情はわからないんだ。ただ、主要メンバーには先に伝えておこうと思って」

「年内って……あと1ヶ月もないじゃないですか」

「本来は閉店は2ヶ月くらい前から準備を進めるんだけど、今回は本当に急に決まったことらしい。僕も今、どうしてこうなったのかわからないんだ」


電話の向こうの藤野店長の声色には、怒りのようなものや、やるせなさが混じっているようだった。


「ほかの人は知ってるんですか?」

「今お店ににいるメンバーには伝えた。みんなかなりショックを受けてる。あと、明日出勤する人には明日のミーティングで連絡する。高倉くんと大友さんは次の出勤まで間があるから、先に連絡しておこうと思って」

「わざわざすみません」

「……本当に申し訳ない」


これ以上動揺させられると身が持たないと思ったから、藤野店長には申し訳ないと思いながらも、なるべく早く電話を切るようにした。

どうして大事なものは、いつも簡単になくなるんだろう。

簡単に状況を受け入れられるほど、僕は大人にはなっていない。


「大丈夫?」

目の前に郁江さんがいた。

少しでもこの感情を吐き出したかった。けれど、それをすることを全身が拒む。やり場のない感情は、胸の中に溜められていく。


「かもめ書店が閉店することになったそうです」


精一杯の理性で抑えながら発する。それだけ言うと、僕はカウンターにお札を置いて、お店を出ようと出入り口へと歩みを進める。


「蒼くん、海猫堂はいつも変わらず在り続けるお店。いつでも来なさい」


僕は扉の方を向いたまま頷く。