「あ、いや。別に、わかればいいんだ」
バイト先でいる時のように、外面のフィルターをかければいいのに、今の彼女はそれをせず高い純度を保った本心を向けてくる。そういうところが、あいつに似ている。
気まずい時間に耐えられず、僕は彼女の機嫌が上振れることを願って言葉を吐いた。
「とりあえず、来週のこの時間は空けておくようにするから、もう少し待ってくれ」
人の機嫌を取るのなんて簡単だ。
相手が求めていることを言えばいいだけ。特に彼女のように目的がはっきりしている奴には、尚更。
「……本当ですか⁉︎約束ですよ!」
萎れていた表情が一気に晴れる。その表情を見て胸を撫で下ろし、そして自分にしっかり失望する。結局僕は人の顔色に左右される。
「ただし、大友さんが僕の家に来るのは禁止。汐丘駅近くにあるカフェでやろう」
「どうしてですか?」
彼女は口元に人差し指を当て、首を傾げる。黒髪がふわりと風に靡く。
「これ以上目立ちたくないから。僕は静かに暮らしたいんだ」
大友さんは怪訝な顔をする。よくもまあそんなにころころと表情を変えられるな。
「蒼さんって、何歳ですか?」
「……ハタチ」
「ハタチでもう隠居するんですか?人生諦めるの早すぎません?」
失礼な奴だと思ったが、正直な奴だとも思った。
誰とも関わらず、過去のしがらみから解放され、ひっそりと人生をやり過ごしてしまいたい。
僕には自らの人生を強制終了する勇気はない。
例えば命を絶とうと考えるとする。
そうすることで、本人は楽になれるかもしれない。けれど、残された人間がもれなく不幸になるのは目に見えている。少なからず命を絶った人間に関わった者は、大なり小なり心に傷が残る。
小心者の僕がそう考えるのは、田中佳がそれを決行したからでもあった。
実をいうと、田中佳が自死を選ぶよりもずっと前に、僕も同様のことを考えていたことがある。ただ、僕は躊躇い、田中佳は躊躇わなかった。
案の定、田中圭が死んでから、周りの人間は心に大きな傷を負っている。だから僕は、せめて他の方法で今まで関わっていた世界から消える術を考えた。
そうして辿り着いたのが、なるべく知らない土地で知らない人に囲まれたこの土地で暮らすことだった。
「大友さん。君はやっぱり言い方に気をつけた方がいい」
僕はまた彼女に八つ当たりをする。
「え、え……あたし、また失礼なこと言っちゃいました?」
本気で困惑する彼女を見て、申し訳なく思った。
僕は彼女にいい影響を与えそうにない。
「いや、さっきのは気にしないで。人の言うことは何でも無条件に信じない方がいいよ」
たとえ信頼できる相手だとしても。
すると大友さんは、訝しげに「蒼さんも信じちゃだめなんですか?」と訊いてきた。けれど僕は上手く答えることができなかった。
バイト先でいる時のように、外面のフィルターをかければいいのに、今の彼女はそれをせず高い純度を保った本心を向けてくる。そういうところが、あいつに似ている。
気まずい時間に耐えられず、僕は彼女の機嫌が上振れることを願って言葉を吐いた。
「とりあえず、来週のこの時間は空けておくようにするから、もう少し待ってくれ」
人の機嫌を取るのなんて簡単だ。
相手が求めていることを言えばいいだけ。特に彼女のように目的がはっきりしている奴には、尚更。
「……本当ですか⁉︎約束ですよ!」
萎れていた表情が一気に晴れる。その表情を見て胸を撫で下ろし、そして自分にしっかり失望する。結局僕は人の顔色に左右される。
「ただし、大友さんが僕の家に来るのは禁止。汐丘駅近くにあるカフェでやろう」
「どうしてですか?」
彼女は口元に人差し指を当て、首を傾げる。黒髪がふわりと風に靡く。
「これ以上目立ちたくないから。僕は静かに暮らしたいんだ」
大友さんは怪訝な顔をする。よくもまあそんなにころころと表情を変えられるな。
「蒼さんって、何歳ですか?」
「……ハタチ」
「ハタチでもう隠居するんですか?人生諦めるの早すぎません?」
失礼な奴だと思ったが、正直な奴だとも思った。
誰とも関わらず、過去のしがらみから解放され、ひっそりと人生をやり過ごしてしまいたい。
僕には自らの人生を強制終了する勇気はない。
例えば命を絶とうと考えるとする。
そうすることで、本人は楽になれるかもしれない。けれど、残された人間がもれなく不幸になるのは目に見えている。少なからず命を絶った人間に関わった者は、大なり小なり心に傷が残る。
小心者の僕がそう考えるのは、田中佳がそれを決行したからでもあった。
実をいうと、田中佳が自死を選ぶよりもずっと前に、僕も同様のことを考えていたことがある。ただ、僕は躊躇い、田中佳は躊躇わなかった。
案の定、田中圭が死んでから、周りの人間は心に大きな傷を負っている。だから僕は、せめて他の方法で今まで関わっていた世界から消える術を考えた。
そうして辿り着いたのが、なるべく知らない土地で知らない人に囲まれたこの土地で暮らすことだった。
「大友さん。君はやっぱり言い方に気をつけた方がいい」
僕はまた彼女に八つ当たりをする。
「え、え……あたし、また失礼なこと言っちゃいました?」
本気で困惑する彼女を見て、申し訳なく思った。
僕は彼女にいい影響を与えそうにない。
「いや、さっきのは気にしないで。人の言うことは何でも無条件に信じない方がいいよ」
たとえ信頼できる相手だとしても。
すると大友さんは、訝しげに「蒼さんも信じちゃだめなんですか?」と訊いてきた。けれど僕は上手く答えることができなかった。