「これは個人的な考えだけど、せっかく一生懸命働いてるんだから、このお店を使って得意なことや好きなことを伸ばしていってほしいんだ」

会社というものは、どれも同じような構造をしている。それに気がついたのは、このお店に入ってすぐだった。

時々やってくる本部の人間は僕たちが作った棚をくまなくチェックし、意向に沿っていないところを見つけ、すぐに矯正する。藤野店長はお客さんにするよりも低姿勢になり、何度も本部の人間に頭を下げていた。

上の連中に低身になるのは、このお店の環境を守りたいから。おとなしく言うことを聞いていれば、下手に介入されることはない。


「一ノ瀬さんは写真を撮るのが好きだし、高倉くんは文章の仕事をしている。大友さんはこのお店で一番頑張ってくれているし、最近は小説家になりたいとも言ってたよね。だから、SNSを使って本に触れる機会を作ってあげられたらって思ったんだ」


藤野店長はそう言っ僕にいつも通り気の抜けた笑みを向ける。


陰で人のことを陥れようと企んだり、楽な仕事ができるポジションに収まれるよう調整したりと、くだらないことに頭を使う大人達を何人も見てきた。

限られた環境で最大限に楽しめるよう建設的に考えられる人間はそう多くはない。この人は、そういう人間なのかもしれない。


「上手くいかなくても良いから、好きにやってみな。駄目だったらその時僕が別の企画をするから」
「わかりました」


仕事時間以外にもお店に関わるのは億劫(おっくう)でもあったが、ここはひとつ(だま)されたつもりでやってみようか。そう思えるようになっていた。