「高倉くんじゃない!久しぶりー」
「元気?」
尋ねてきたのが僕だと気が付き、彼女はようやく安堵する。そういう状態なのだ、彼女は。
一応は元気そうだということが確認できたから、もうそれだけで十分でもあった。が、確認しておかなければいけない。
周りくどい訊き方をするのは面倒だったから、単刀直入に切り込む。
「最近休みがちって聞いたけど、大丈夫?」
安っぽいビニール袋ごと差し入れを渡してそう言うと、彼女は笑顔を消した。
「ありがとう。しばらく会社を休ませてもらってるの」
館山が嗅ぎつけた噂は本当だった。
内心は信じたくはないと思っていたが、いざこうしてリアルに現実を突きつけられると、思った以上に受けるダメージが大きい。
入社間もない新入社員が長期休養をとる。普通では考えられないようなその状況。
学生時代あんなに意気揚々としていた彼女が、スウェット姿で僕の前に立っている。
こんな姿を晒すような人間だっただろうか。そう思うと、相当大きな病気を患っているのではないかと勘繰ってしまう。
「大丈夫かよ……」
「平気だよ。危ない病気とかじゃないから心配しないで。せっかくだからお茶でもご馳走するね」
飄々と部屋へと案内する田中さん。
心臓が高鳴るのは、単に異性の部屋に上がるからだという理由だけではない。少しの罪悪感と、好奇心を混ぜた、そんなどうしようもない感情だった。
玄関の目と鼻の先にある3畳ほどのキッチンルーム。
住人の生活が染み付いたこの場所が必要以上に僕を緊張へと誘う。安易に他人の安全地帯に侵入することは、こうも体力が削られることなのか。
できるだけ余計なところに視線を送らないように気を配りながらリビングへと足を進めようとするが、完全に情報を遮断できるわけではない。
キッチンのシンクには食べ終わったままの食器が乱雑に置かれているのを、僕の脳はしっかりと記憶する。女子の部屋は基本的に清潔感が溢れているという固定概念を悪い意味で覆す。
キッチンがあんなだったから、反対にリビングはきちんと管理が行き届いている印象を持った。同時に、僕は田中佳という人間をこれっぽっちも理解していなかった。
まず目に入ってきたのは、大きなゲーミングデスクとゲーミングチェア。
デスクの上には大きなディスプレイが2台並んでおり、その前には大きめのキーボードとマイクが置いてある。やけにふかふかの絨毯が敷かれているのは、僕の部屋に音が漏れないように配慮してくれているからだろうか。
「これって」
「えっと……実は、動画配信にはまっちゃってて」
羞恥心を含んだその照れ笑いのせいで、さらに心臓が高鳴る。彼女自身は認識しているのだろうか。
「一番の特等席!座って!」
そう言って彼女はゲーミングチェアを勧めてくれたが、1つしかない椅子を陣取るわけにはいかない。
丁寧に断ると、今度は部屋の隅に立てかけている小さな炬燵机を座布団と一緒にセッティングし、キッチンから綺麗なコップを2つ持って来てくれた。
「変な目で見てくる人がいて、会社に行けなくなっちゃったんだ」
買って来たコーヒーを注ぎながら、田中さんがそう言った。特別驚くことはなかった。おおよその予感はしていたから。
男性の比率が多い職場に容姿端麗な田中さんが入ってきたらどうなるのか。
湧き上がる同性への憤り。ついさっきまで心臓が高鳴った自分にも向けて放つ。
「なんだよ、それ……」
声が震える。
「今は病院で診断書をもらって、休職させてもらっているんだ」
なんて声をかけてあげればいいのか、わからない。
押し黙っていると、田中さんは均衡を破るようにお菓子の袋を開け広げた。スナック菓子の一番長いやつを1つ摘み、僕の方に向ける。それを何も言わずに受け取る。
「元気?」
尋ねてきたのが僕だと気が付き、彼女はようやく安堵する。そういう状態なのだ、彼女は。
一応は元気そうだということが確認できたから、もうそれだけで十分でもあった。が、確認しておかなければいけない。
周りくどい訊き方をするのは面倒だったから、単刀直入に切り込む。
「最近休みがちって聞いたけど、大丈夫?」
安っぽいビニール袋ごと差し入れを渡してそう言うと、彼女は笑顔を消した。
「ありがとう。しばらく会社を休ませてもらってるの」
館山が嗅ぎつけた噂は本当だった。
内心は信じたくはないと思っていたが、いざこうしてリアルに現実を突きつけられると、思った以上に受けるダメージが大きい。
入社間もない新入社員が長期休養をとる。普通では考えられないようなその状況。
学生時代あんなに意気揚々としていた彼女が、スウェット姿で僕の前に立っている。
こんな姿を晒すような人間だっただろうか。そう思うと、相当大きな病気を患っているのではないかと勘繰ってしまう。
「大丈夫かよ……」
「平気だよ。危ない病気とかじゃないから心配しないで。せっかくだからお茶でもご馳走するね」
飄々と部屋へと案内する田中さん。
心臓が高鳴るのは、単に異性の部屋に上がるからだという理由だけではない。少しの罪悪感と、好奇心を混ぜた、そんなどうしようもない感情だった。
玄関の目と鼻の先にある3畳ほどのキッチンルーム。
住人の生活が染み付いたこの場所が必要以上に僕を緊張へと誘う。安易に他人の安全地帯に侵入することは、こうも体力が削られることなのか。
できるだけ余計なところに視線を送らないように気を配りながらリビングへと足を進めようとするが、完全に情報を遮断できるわけではない。
キッチンのシンクには食べ終わったままの食器が乱雑に置かれているのを、僕の脳はしっかりと記憶する。女子の部屋は基本的に清潔感が溢れているという固定概念を悪い意味で覆す。
キッチンがあんなだったから、反対にリビングはきちんと管理が行き届いている印象を持った。同時に、僕は田中佳という人間をこれっぽっちも理解していなかった。
まず目に入ってきたのは、大きなゲーミングデスクとゲーミングチェア。
デスクの上には大きなディスプレイが2台並んでおり、その前には大きめのキーボードとマイクが置いてある。やけにふかふかの絨毯が敷かれているのは、僕の部屋に音が漏れないように配慮してくれているからだろうか。
「これって」
「えっと……実は、動画配信にはまっちゃってて」
羞恥心を含んだその照れ笑いのせいで、さらに心臓が高鳴る。彼女自身は認識しているのだろうか。
「一番の特等席!座って!」
そう言って彼女はゲーミングチェアを勧めてくれたが、1つしかない椅子を陣取るわけにはいかない。
丁寧に断ると、今度は部屋の隅に立てかけている小さな炬燵机を座布団と一緒にセッティングし、キッチンから綺麗なコップを2つ持って来てくれた。
「変な目で見てくる人がいて、会社に行けなくなっちゃったんだ」
買って来たコーヒーを注ぎながら、田中さんがそう言った。特別驚くことはなかった。おおよその予感はしていたから。
男性の比率が多い職場に容姿端麗な田中さんが入ってきたらどうなるのか。
湧き上がる同性への憤り。ついさっきまで心臓が高鳴った自分にも向けて放つ。
「なんだよ、それ……」
声が震える。
「今は病院で診断書をもらって、休職させてもらっているんだ」
なんて声をかけてあげればいいのか、わからない。
押し黙っていると、田中さんは均衡を破るようにお菓子の袋を開け広げた。スナック菓子の一番長いやつを1つ摘み、僕の方に向ける。それを何も言わずに受け取る。