館山が言ったせいで、天井から聞こえてくる音に敏感になってしまった。

仕事を終えて帰宅し、コンビニで買ってきたコーヒーを飲みながら、ぼうっとする天井を眺める。一度でも意識をしてしまうと、もう前のようには戻れない。彼女は何をしているのだろう。

入社して1ヶ月くらいは9時5時勤務だったから、田中さんとはよく顔を合わせていた。家を出る時間が重なる時は一緒に通勤したこともあったが、会社の敷地に入った途端に刺さるような視線を感じてから、それ以降わざと通勤時間をずらすようになった。

ただ、週末に彼女と決まって近くのレストランにご飯を食べに行くことまではやめなかった。

近所のファミレスだと会社の人間が通うため、隣町にある個人経営のレストランにわざわざ時間をずらして集合する。堂々と過ごせばいいのに、まるで密会をするかのように周りを気にした。そんな習慣も、交代勤務が始まると自然に消滅した。

冷蔵庫を開けたが、食材がほとんど残っていない。

再び近くのコンビニへ買い物に出かけようと玄関に出ると、敏感になっている僕の耳は(わず)かに聞こえる足音を聞き逃さなかった。彼女の出勤時間はとっくに過ぎている。

夜勤明けで疲れているはずなのに。気になったことを延々と考えてしまうこの性格が、僕を(おとしい)れる。

部屋に入る前に、朝食と一緒に買ってきた限定商品のシュークリームと少し高めのパック入りコーヒーを持って田中さんのいる階へと階段を上がる。

玄関の前に立ったところで、しばらくインターホンを鳴らすかどうかで悩んだ。

1度押して出なければ、ドアの持ち手に置き手紙を添えて掛けておこう。そういう逃げ道をひらめき、ようやく一歩を踏み出すことを決心する。

かけた時間も労力も向こうには関係ない。扉はすぐに開いた。

わずかな隙間から向けられた視線が僕を突き刺したが、すぐに扉は勢いよく開かれた。