「妹さん、元気か?」


そう訊かれるのは何度目だろう。 答えたところで館山には何も関係がない。


「うん、元気だよ」

「そっか。よかった」


テンプレートのような受け答え。聞かれた相手が上司や先輩社員だったら、きっと「まあ……」と気のない返事をして話を終わらせていただろう。

館山とは入社時から一緒に研修を乗り越えてきた仲だったから、僕も心を開いていた。だから気にかけられたことが素直に嬉しくもあった。

着替えを済ませると、ロッカーの入り口に備え付けられている端末に名札を通し出勤登録をする。

プラスチック製の名札にはわざわざ自らの顔写真と名前、そして六桁の社員番号が印刷されている。裏には磁気ストライプテープが貼られており、専用の機械に通すと自動的に出勤時間が記録され仕組みだ。

顔写真の横には会社のロゴが大きく刻印されており、いかにも自分がその会社の一員であるかのように見える。


「そういえばさ」


勝手に人脈が増えていく館山は、時々良くも悪くも(うわさ)を拾ってきては、わざわざ僕に共有してくれる。

その内容は社外秘の新製品情報から人事移動の話、現場で起きたトラブルなど多岐に渡る。飲み会にもほとんど参加しない僕にとっては丁度良い情報源であるため、なるべく館山の話は興味を持つようにしている。


「高倉と出身校が一緒だった子いるじゃん。ほら、総務ブロックに行った……」
「田中さんのこと?」

「そうそう。あの子、最近会社休みがちなんだってな」

「え?」

「お前、下の階に住んでるのに知らないのかよ」

「そもそも総務ブロックは9時5時の部署だから、接点なんて持たないよ」


地元の採用枠が多いこの会社は意外と社宅に入る人間は少なかったが、僕と田中さんは電車で通っても1時間程かかる距離に実家があったため社宅を借りた。

そして田中さんの部屋は僕のちょうど上の階になった。ちなみに館山の実家は会社から数百メートルの距離にあったから、初めは実家から通勤していた。けれど最近は彼女との同棲を見越し、わざわざアパートを借りたらしい。


「生活音とか聞こえてこねーの?」

「いやいや、こねーから。馬鹿」

「ごめんごめん。そんなにムキになんなって」


そんな学生時代と変わらないノリで(じゃ)れ合ってから、僕らはそれぞれの班の事務所へと向かった。