いつも使っている青いマグカップに湿気ったインスタントのコーヒー豆を入れ、沸いたばかりのお湯を注ぐ。

常時電源を入れっぱなしのデスクトップパソコンのロックを指紋認証で解除し、開いたままのチャットツールの未読のメッセージに目を通す。

昨日納品した記事の修正依頼が2件と、動画のテロップ入れが1件。月末になると急ぎの仕事を入れてくるクライアントには辟易(へきえき)とするが、仕事があるのはありがたいことだと、面倒な感情を()み込む。

通信制限がかかっている回線のせいで動画ファイルのダウンロードに時間がかかることがわかると、僕は小さく溜息(ためいき)()いてから、冷め切っていないコーヒーを口に含む。苦味に微妙な酸味が含まれていることに気が付いたのは、つい最近のことだ。

扉を乱暴に叩く音がする。

田舎で暮らす上で避けられないことと言えば、周辺住人がやってくることだ。

実際、僕がここに来るという話は、入居する前から集落中に広まっていた。あとから小池さんに()いてみると、大家さんが町長さんに知らせると、ご丁寧に回覧板で僕のことを紹介してくれたらしい。

慣れない仕事をしている最中に邪魔されることを寛容に受け止められるほど僕の器は広くない。

だから部屋に引きこもって文章を書く仕事をしている時は、大抵居留守(いるす)を使わせてもらうことにしている。一応は食っていく為に欠かすことができない活動中であるため、これくらいは許してほしい。

肉食動物から捕食されないよう巣の中にじっと身を潜めている小動物のように、気配を消しておく。でもキーボードを叩くのはやめない。

扉の音がドンドンからガシャガシャに変わる。

いつもならすぐに去っていく捕食者も、今日はなかなかのしつこさだ。

このままでは外れかけている玄関扉の窓ガラスが落下するのではないかと思ったが、当然そんなことは扉を叩く犯人には関係ないだろう。だったらいっそのこと盛大にガラスを落としてしまえばいいのでは。

なんていちいち(ひね)くれたことを考えていると、突然女の子の声が僕の名前を呼んだ。