一ノ瀬さんが帰宅してからも少しだけライター講座の続きをしたが、僕達の集中力はすっかり切れていたから、一時間もしないうちに各々が自由に動き出した。

大友さんはカバンから文庫本を取り出して読書に(いそ)しもうとしていたが、もうそんな体力は残っていない。辛うじて肘で支えている顎をテーブルに打ちつけてしまわないかとひやひやする。


「なんか、生きるのって大変ですね」


寝言かどうかわからない声色(こわいろ)で呟いたその言葉は、何のことを言っているのかわからない。早くも自分には出来ないと感じてしまったのだろうか。

なんて思っていると「蒼さんって、どうしてアメリカンコーヒーばっかり注文するんですか?」と、全く関係のないことを訊いて来たから、これ以上深く考えるのはもうやめる。


「濃いめのコーヒーを飲むとすぐにお腹が緩くなるから」


そんなことを言ったら、大友さんは締まりのない笑みを作り鼻で笑った。馬鹿にしているようにも聞こえたが、意識の半分が微睡(まどろみ)の中にいるようだから今回は許しておこう。


「お腹痛くなるんだったら、ココアとかにしたらいいじゃないですか」

「カフェインを摂取するためだから、仕方がないよ」

「蒼さんの胃腸が可哀想……」

これ以上言い返すと彼女がいつまで経っても目を閉じられないから「そうだね」と流しておく。

完全に意識が途絶えた大友さんは、大胆にテーブルに突っ伏すと、気持ち良さそうに寝息を立て始める。

そんな彼女を背景に、僕は自分の仕事を再開した。