品出しの続きをしようとレジを離れようとすると、松田さんがぼそりと僕に言った。
「大友ちゃん、今日五十嵐さんに変わって朝番に入っていたんだけど、学校お休みだったのかしら」
「創立記念日か何かですかね」
「あの子たしか桜花高校に通ってたわよね。創立記念日は今日じゃないはずよ」
僕はいかにもその話に興味がないような雰囲気を放ったが、松田さんの前では無意味だった。
気にしなければ、これ以上余計な労力を使わなくて済むのに、松田さんはわざわざ自分から面倒なことに突っ込み始め、
「ちょっと心配だわ。ねえ、高倉くん。大友ちゃんを少しだけ気にかけてあげてもらえない?」
と、しっかり僕も巻き込もうとした。
赤の他人を気にかけても、ろくなことなんて起こらない。
別に頼られること自体が嫌な訳ではない。ただ、半強制的に巻き込まれると、相手の掌の上で転がされているような気がする。
「どうして僕なんですか」
そう訊くと、松田さんは穏やかに言った。
「決まってるじゃない。あの子、あなたには遠慮がないから」
「なんすか、それ」
ひねくれた僕が無愛想に訊き返すと、松田さんは、
「ふふっ、心を開いてるってことよ」
と、根拠にならないことを言った。すっかり松田さんのペースに乗せられてしまった。
「まあ、気にかけるくらいなら」
「ありがとう。お願いね」
あれだけ人と関わらないと誓ったはずなのに、ある程度気心が知れる人から言われると、はっきり断れない自分がいる。そんな意志の弱さを痛感する。
大友さんが感情的になったのはつい最近ではないだろうか。
文庫本の品出しをしながら、そんなどうでも良いことを考える。
ふと手を止めてから、持っている比較的薄めの文庫本のページをおもむろに捲る。丁寧に並んだ縦文字に目を通すと、不思議とすぐにその情景が目に浮かんだ。
書店で働いておきながら、小説には興味がなかった。
別に毛嫌いしているわけではない。学生時代に何度か古本屋で立ち読みをしてみた事があったが、周りくどくて読みにくいと思ってすぐに本棚に戻した事がある。
今思うと、本の選定が悪かったのだろうとは思うが、それ以降、小説というジャンルに興味を持てないでいた。
流し読みを前提とするインターネット上の文章と小説はあまりにもかけ離れている。生活費を稼ぐための手段としてしか考えていない僕は、この仕事をし始めても小説自体に接点を持つことはなかった。
ただ、さっき開いた本は、なぜか不思議とその文章に引き込まれた。多少読解力が身に付いたせいか、それとも偶然僕の言語レベルに当てはまる小説だったからなのか。
せっかくだし、読んでみようか。
大友さんの気持ちもわかるかもしれない。そう都合のいい理由も付けておく。
「大友ちゃん、今日五十嵐さんに変わって朝番に入っていたんだけど、学校お休みだったのかしら」
「創立記念日か何かですかね」
「あの子たしか桜花高校に通ってたわよね。創立記念日は今日じゃないはずよ」
僕はいかにもその話に興味がないような雰囲気を放ったが、松田さんの前では無意味だった。
気にしなければ、これ以上余計な労力を使わなくて済むのに、松田さんはわざわざ自分から面倒なことに突っ込み始め、
「ちょっと心配だわ。ねえ、高倉くん。大友ちゃんを少しだけ気にかけてあげてもらえない?」
と、しっかり僕も巻き込もうとした。
赤の他人を気にかけても、ろくなことなんて起こらない。
別に頼られること自体が嫌な訳ではない。ただ、半強制的に巻き込まれると、相手の掌の上で転がされているような気がする。
「どうして僕なんですか」
そう訊くと、松田さんは穏やかに言った。
「決まってるじゃない。あの子、あなたには遠慮がないから」
「なんすか、それ」
ひねくれた僕が無愛想に訊き返すと、松田さんは、
「ふふっ、心を開いてるってことよ」
と、根拠にならないことを言った。すっかり松田さんのペースに乗せられてしまった。
「まあ、気にかけるくらいなら」
「ありがとう。お願いね」
あれだけ人と関わらないと誓ったはずなのに、ある程度気心が知れる人から言われると、はっきり断れない自分がいる。そんな意志の弱さを痛感する。
大友さんが感情的になったのはつい最近ではないだろうか。
文庫本の品出しをしながら、そんなどうでも良いことを考える。
ふと手を止めてから、持っている比較的薄めの文庫本のページをおもむろに捲る。丁寧に並んだ縦文字に目を通すと、不思議とすぐにその情景が目に浮かんだ。
書店で働いておきながら、小説には興味がなかった。
別に毛嫌いしているわけではない。学生時代に何度か古本屋で立ち読みをしてみた事があったが、周りくどくて読みにくいと思ってすぐに本棚に戻した事がある。
今思うと、本の選定が悪かったのだろうとは思うが、それ以降、小説というジャンルに興味を持てないでいた。
流し読みを前提とするインターネット上の文章と小説はあまりにもかけ離れている。生活費を稼ぐための手段としてしか考えていない僕は、この仕事をし始めても小説自体に接点を持つことはなかった。
ただ、さっき開いた本は、なぜか不思議とその文章に引き込まれた。多少読解力が身に付いたせいか、それとも偶然僕の言語レベルに当てはまる小説だったからなのか。
せっかくだし、読んでみようか。
大友さんの気持ちもわかるかもしれない。そう都合のいい理由も付けておく。