「……どういう意味?」

「や、なんか、余力を残しているというか……いつも本気出してない感じがします」


図星を突かれた。そんな気がした。


「真面目に仕事してるけどなあ」


僕は精一杯とぼけたふりをする。


「あ……!ごめんなさい!あたし、また余計なことを……」

「いや、いい。本当のことだし」


いつからだろう。世の中を俯瞰(ふかん)するようになったのは。

どこにいても何をしても、地に足が付かないような、浮ついた感覚がある。まるで自転車の乗り方を忘れてしまったかのように、当たり前のことができなくなってしまったかのように、必死になれない自分がいる。

最近は、そのことに戸惑うことすら(ふた)をしていた。

もちろんこのお店で働き始めた頃は、それなりに頑張ってはいたつもりではある。

書店で働くことはもちろん、接客業自体が初めてだったから、仕事を覚えるのにかなりの労力を費やした。少し早く出勤して棚のジャンルを覚えたり、勤務時間後にも残って他の人の仕事を手伝ったりもした。

文章を書く仕事を始めた時も、図書館に籠って資料を読み漁ったり、知人に話を聞きに行ったりと、できることは何でもした。

初めてのことばかりで、やり始めた頃はそれなりに充実感を感じていた。けれど、いつも仕事を終えると、時間だけが過ぎてしまったような喪失感(そうしつかん)が残った。

本当は、何かに必死になりたい。

でも、もう前のようには戻れない。

……あれ?

以前はそんなに必死になれたのだろうか。

しばらく考え込んでからようやく我に返ると、大友さんは顔はこわばらせていた。

どうやら彼女は自らの発言で僕を大分困らせてしまったと思っているらしい。彼女は度々失礼なことを言うが、優しい人間だと思う。


「気にしてないよ。むしろありがとう」


急にお礼を言われることは想定していなかったのだろう。

大友さんは今度は一瞬ぽかんとしてから「え、あ、はい。どういたしまして」と言った。ころころと表情を変える大友さんは、見ていて飽きることはない。