「あたしは佳さんみたいに声も容姿も恵まれているわけじゃないから、せめて言葉を磨いて少しでも佳さんに近付きたかったんです」

「それで小説家を目指そうとしてたんだ」

「はい。でも最近は、やっぱり向いてないなって思い始めていたんですけど」

「そうなの?じゃあ軌道修正は早めにしたほうがいいかもね」

「いやいや、そこ励ますところですよ」


笑顔を取り戻した大友さんは、すっかり平常運転に戻ろうとしていた。そんな大友さんを見て、僕もいつも通りのつまらない人間に戻る。

心苦しいが、大友さんを現実に引き戻すことは忘れない。


「大友さんは、この先どうする?」

「……わからないんです。本当に」

「すぐには決められないと思うし、決めない方がいいのかもしれない。落ち込んでいる時の判断は、だいたい間違っていることの方が多いし」


大友さんが抱えている問題や取り巻く環境は、何一つ解決したわけではない。


「蒼さんは、お店がなくなるの、辛くないですか」

「辛くない訳ないじゃん。できればもうしばらくみんなと一緒に働きたかった」

「なくなるってわかってるところに行くの、怖くないですか」


大友さんは、どこまでも純粋だった。

だから、僕もなるべく湧き出た言葉をそのまま大友さんに渡す。彼女が拒まなければ、きちんと支えていこう。


「怖いよ。今までのような気持ちで働くことはもうできない。何でだよっていう恨みのような気持ちが湧いてくるんだ。多分明日から憂鬱な日々が続くだろうね。でも」


つまらない大人が吐くような言葉は、もういらない。


「僕は最期まであのお店に関わっていたい」


それは自分自身に対しての決意表明でもあった。

僕は田中さんの言葉を引用する。


「自分の人生は、自分で決められるんだ。見届けるのも、離れるのも、自由なんだよ」


大友さんはくすりと笑う。


「何ですか、それ。蒼さん、佳さんの影響受け過ぎですよ」

「いいじゃん。別に」

「あたし達、佳さんのこと好き過ぎですよね」


残された人間は、必ずと言っていいほど残酷な仕打ちを受ける。そうして生まれた感情を、昇華するのか風化させるのか、それとも枷に変えるのかは、その人次第だろう。

ただ、この感情は難しいけれど、コントロールできる気がする。


夕食の時間を迎えたらしく、看護師さんが部屋に入ってきた。面会の時間は既に過ぎていたから、看護師さんは面倒そうに僕に退室を促した。


「お店のみんなには僕の方から説明しておくよ。お婆さんには、なるべく早く連絡しておいた方がいいと思う」

「うー、どうしよう……」

「さすがに心配かけたままはまずいよ。着替えや日用品とかも持ってきてもらわないとね。それに、頼れそうな人は頼っておこう。あと、僕らもいるし」

「……頑張ります」

「そろそろ行くよ」

「心細くなったら、連絡してもいいですか。って、電波が届かないんだっけ、この病院」

「窓に近付けば大丈夫なはずだよ。ほら」

「……アンテナの数、微妙ですね」

「メッセージくらいは送れるはず、それに電話は病院の1階にもあったよ」

「もうそんなこと把握してるんですか⁉︎蒼さんって、やっぱり目ざといですね」

「はいはい。じゃあ、早く晩御飯食べて、おばあちゃんに連絡しな」

「はーい」