腕で体を支えて自ら車椅子に移ろうとする鈴に、俺は嘆息しながら声をかける。
「鈴」
「へ? ……わっ」
どうして甘えないのかな、と少し寂しく思う気持ちを隠しつつ鈴を抱き上げて、車椅子に移動させる。もともと体が小さい上、なにぶん細いから軽い。
隼と比べると圧倒的にもやし扱いされがちな俺でも抱き上げられるから、ありがたいと言えばありがたいのだけれど。
ただ、少し、不安になる。
触れるたびに軽くなっていく体が、そのうち俺が持ち上げることもないくらいに軽くなって、風に吹かれるまま消えてしまうのではないかと。
「せ、先輩、甘やかしすぎですよ」
「甘やかすって言った」
「言いましたけど! うぅ……恥ずかしい」
鈴は本当に小さなことですぐに顔を赤くする。その感覚がいまいち理解できなくて不思議に思いながらも、その初心な反応が可愛くてつい笑みがこぼれる。
「じゃあ、行くよ」
鈴を乗せた車椅子をうしろから押して病室を出る。すると、ちょうど隣の病室から鈴の主治医の先生が出てきたところだった。たしか、伊藤先生といったか。
こちらに気づいて、彼女が軽く手を挙げる。
「あら、鈴ちゃん。彼氏くんも、こんにちは」
「こんにちは。……すみません、少し散歩に出てきます」
「はいはい、了解。今日は朝から調子よさそうだし大丈夫だと思うけど、なにかあったらすぐにナースコール押してね。もしくは近くの先生に声をかけて」
「大丈夫だよ、先生。今日は本当に元気なんです」
普段は気づかないが、鈴が入院しているこの大学病院には、通路の至るところにナースコールが設置されている。それだけ多くの患者が入院しているのだ。
もちろんそのなかには、鈴のような難病を抱えた人も少なくない。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
先生に柔和な笑みに見送られて、俺は再度車椅子を押していく。
しかし、途中通りかかったプレイルームから複数の「鈴ちゃーん!」という子どもの声が聞こえてきて、俺はふたたび立ち止まることとなった。
「あ、やっほーみんな」
「やっほー鈴ちゃん! どこ行くのー?」
「お散歩お散歩。このお兄ちゃんに連れていってもらうんだー」
まだ小学校低学年くらいの子たちが、パタパタと駆け寄ってくる。