ユイ先輩と、好きな人とふたりきりで出掛けられるなんて、滅多にないチャンスなのだから。

「先輩、今日楽しみましょうね」

「ん」

 なぜか少し照れたようにうなずいたユイ先輩に、くすりと笑う。
 先輩の隣に並びながら、ふと、まるで夢のなかみたいだなと思いながら。
 だって、こうして手を繋いで歩いていると、まるで本当のカップルみたいだ。
 けれど、今日が終わってしまえば、きっと夢は覚めるのだろう。
 ならば覚める前に、この非現実的な一日を心ゆくまで謳歌しなくては。

「足元、気をつけて」

「はい。先輩もですよ。ぼーっとしてたら、転んじゃいますからね」

「さすがに君の前では転ばないよ。俺、かっこよくいたいから」

 えー、なんて。先輩はいつでもカッコいいですよ、なんて。
 いつも通り他愛もない話をしながら、私たちは水族館行きの電車へ乗り込んだ。

 ──まだ、確信には触れないままで。



 広海水族館は、地元民に愛される小さな地域型水族館だ。
 外から観光に訪れるほどの魅力はなくとも、展示されている海生物はそれなりに充実しているし、園内には子どもが遊べるようなアトラクションエリアもある。
 地元割もあるため、気軽に立ち寄れる遊び場として親しまれていた。
 しかし数年前、隣町に大規模のエンターテインメント施設ができた影響で、一気に観覧客が激減してしまったらしい。この世知辛い情勢では、もう遠くない未来に閉館してしまうのではないかと風の噂で聞いていた。
 実際、夏休み期間にもかかわらず、広海水族館の人はまばらだった。
 外のアトラクションエリアの方からは、いくらか楽しそうな子どもの声が聞こえてくるものの、主役である館内はほぼ無人と言っても過言ではない。
 近頃は子どもの数も減っているし、閉館の噂もあながち嘘ではないのかもしれない。
 まあ個人的には、先輩とふたりきりになることができて嬉しいのだけれど。

「……疲れてない?」

「大丈夫です。ふふ、先輩もたいがい心配性ですね」

 あっけらかんと返しながらも、ついこの間倒れたばかりであることを考えると無理もないな、と思う。
 もし逆の立場だったら、たぶん私はまともに鑑賞もできなかっただろう。

「先輩。この水族館の生き物から描くものを決めるんですか?」

「そう。小鳥遊さん、基本的に水彩画でしょ。とくに水の表現が上手いから」