なるべく怖がらせないように気をつけながら、穏やかな声音で「大丈夫」と諭した。

「保健室、行くから」

「え? で、でも、先生いませんよ?」

「平気。ありがとう。暑いけど、仕事頑張って」

 それ以上引き止められないように、俺はサッと踵を返した。
 ……具合が悪い、と彼女は言った。
 昼間は元気そうだったのに、午後をまわって熱中症にでもなったのだろうか。
 いつも明るく元気なイメージはあるが、小鳥遊さんはああ見えて、あまり体が強くないのだろう──と思う。憶測に過ぎないが、ときおり俺でも心配になるくらい顔色が悪いことがあるし、定期的に早退していたりもする。
 つねに笑顔を絶やさないから、なんとなく誤魔化されてしまいそうだけれど。
 保健室へ向かう足が、自然と早くなる。
 校舎を突っ切り、最短距離で保健室前まで辿り着く。
 気が急いてノックもなしに扉を開けようとした瞬間、俺の目の前で扉がガラッと勢いよく開いた。さすがに驚いて、俺は伸ばした手をそのままに硬直する。
 そこに立っていたのは小鳥遊さん、ではなく。

「……榊原さん?」

「結生……なんでここに」

「なんでって、小鳥遊さんが保健室にいるって聞いて。そっちこそなんで」

 あまりに予想外の人物だった。
 やや遅れながらも状況を?み込んで、俺は訝しく眉を顰める。
 すると、榊原さんはハッとしたように背後を気にした。その視線を追いかけようとした矢先、唐突に胸部に衝撃が走る。榊原さんにドンッと強く押されたのだ。
 数歩よろけながらも、なんとか転ばないように耐える。
 ほぼ同時に保健室から出てきた榊原さんが、俺を睨みつけながらうしろ手にピシャリと保健室の扉を閉めた。シン、と一瞬にして場の空気が凍りつく。

「……なんのつもり」

 自分でも驚くほど低い声が落ちる。

「っ……あなたをここに入れることはできないわ」

「なんで」

「なんでも。あの子のことを想うなら諦めて」

 あの子、とは小鳥遊さんのことか。
 榊原さんは、一応、俺の元カノに当たる人物だ。
 だが、正直、元カノと呼べるほどなにかをしたわけでもない。付き合っていたらしい当時は、俺自身その自覚もなかったくらいだ。
 けれど、ゆえにこそ、傷つけてしまったという負い目はある。
 だから俺は、榊原さんを無碍にできない。