ユイ先輩の手は、男の人とは思えないくらい綺麗だ。
 けれど、ずっと鉛筆を握っているせいで中指のペンだこがひどい。
 そんな画家の手が、私は好きだった。
 ユイ先輩の存在をそのまま表しているようで、大好きだった。

「……ねえ、鈴。鈴は俺に生きてって言ったでしょ」

「っ、はい」

 それは覚えている。朧気ではあるが、強く強く願って、先輩へ伝えたことだった。

「正直あのとき、よくわからなかったんだ。俺はそもそも……なんていうのかな、生きてるって感覚がわからなくて。死にたいわけではないけど、なにもない俺がこうしてこの世界に命を得ている意味ってなんなんだろうって、ずっと考えてたから」

 なにもない。
 そう言うユイ先輩は、もしかしたらこの世界の誰よりも、自分のことを人形だと思っているのかもしれない。不意にそんなことを思う。
 それが悲しくて、私はユイ先輩の手に自らの手を重ねて強く握りしめる。
 触れ合った箇所から私の不安を汲み取ったのか、先輩は大丈夫だと目を細めた。

「でも、他でもない鈴の言葉だからかな。もうね、すごく響いたよ。毎日精一杯生きて、他愛のないことで笑って。そんな鈴がなんだか俺には眩しくて。見ていられなくて。だからこそ、触れてみたくなったんだと思う」

「触れて……?」

「うん。──鈴の、心に」

 ユイ先輩は名残惜しそうに私から離れて、た、た、と数歩うしろに下がる。
 そうして、枯れがかった色を重ねつつある桜の木を振り仰いだ。

「まだわからないことばかりだけど、俺がわからないことは大抵、鈴が答えを教えてくれるんだ。鈴は俺にとっての道標──羅針盤みたいなもので、いつでも、どんなときも俺の歩く道を照らしてくれる。きっとそんな鈴だから、俺は好きになった」

 ユイ先輩が微笑んだ。この世のなによりも綺麗だと、そう思える笑みで。
 当たり前に目を奪われて、私はただじっと先輩を見つめるしかできなくなる。

「……それとね。もうひとつ、やっとわかったことある」

「わかったこと、ですか?」

「うん。鈴が初対面で、俺の名前を間違わずに呼んだ理由」

 ユイ先輩の名前。頭のなかでその言葉をゆっくりと咀嚼してみるけれど、いまいち意味を汲み取りきれなくて、私は首を傾げる。