最期に、という言葉は続かなかった。けれど、ユイ先輩はちゃんとその音を聞き取ったらしく、くしゃりとその綺麗な顔を悲し気に歪める。
出会った頃と比べれば、先輩もずいぶんと感情表現が豊かになった。
もう人形ではないことなど明白だ。たとえ誰であっても、ユイ先輩の心の繊細さに気づいてくれるだろう。ひとりの人間として、彼を見てくれるはず。
それが嬉しくて、私はふたたびユイ先輩の名前を呼んだ。
「屋上庭園に連れて行ってくれませんか」
「っ、え」
「私、車椅子だと階段上れないし。ちょっとだけ甘えさせてください、先輩」
私と車椅子を交互に見て、ユイ先輩はおずおずとうなずいた。ようやく現状を呑み込んで、いつもの落ち着きを取り戻したらしい。
私に背中を向けてしゃがみこみ、躊躇いがちにこちらを振り返る。
「おんぶでいい?」
「はい、ありがとうございます」
体をずらして雪崩込むように寄りかかると、ユイ先輩はしっかりと私を受け止めて立ち上がった。先輩のさらさらな銀髪が頬を撫でて、ほんの少し擽ったい。
「あはは、高い」
「そこまでじゃないでしょ。俺、平均身長だし」
久方ぶりに感じる先輩の優しい香りに、私は自然と頬を摺り寄せながら緩ませた。
「もう長いこと、ベッド以上に高い視線を経験してないんですもん」
「それもそうか」
ユイ先輩は納得したように相槌を打ちながら、やっと少し微笑んでくれた。
「じゃあ、行こうか。具合が悪くなったらすぐに言って」
「ふふ。はーい」
以前もこんな会話をしたような気がする。記憶が全体的に曖昧でもうハッキリとは覚えていないけれど、きっとどこかで同じ会話をしたんだろう。
「というか先輩、なんかちょっと痩せました?」
「……それ、君が言うの?」
「んー、私はもう仕方ないですけど。先輩のことだから、きっとごはん食べるの忘れるくらい、描くのに没頭してたんでしょう? 沈んだら戻ってこないんだから」
図星だったのか、ユイ先輩はぐうと押し黙った。
相変わらず絵に囚われているのは変わらないな、とつい吹きだしてしまいそうになるが堪えて、先輩の肩にことんと頬を預ける。
服越しでもじんわりと体温が伝わってきて、全身が弛緩していく。
「鈴?」
「少し、くっつかせてください。屋上庭園に着くまででいいですから」