旧校舎は放課後のクラブ活動以外はシーンと静まり返っている。旧校舎のそばに花壇があり、古びたベンチがふたつ置かれていた。
明日香は旧校舎から持ってきたジョウロで花に水をあげ、それからベンチのひとつに腰を下ろした。深呼吸し、寂しげな笑みを浮かべた。
「私ってやっぱりダメなんだ」
そうつぶやくと、右手の人差し指の先で、そっと両目の縁をぬぐった。
「そ、そんなことないと思います」
突然、泣き出しそうな声が聞こえた。間違いなく男子の声だ。明日香は驚いて立ち上がった。自分のつぶやきに返事が聞こえてきたのだ。驚かないはずがない。
「誰かいるの?」
返事はない。
「私、二年の特進クラスの遠山明日香。誰かと間違えていない?」
あたりはシーンと静まり返っている。
「ほかの人に被害が及ぶといけないから、先生に報告するからね。旧校舎のどこかに不審者がいるって!」
明日香は左右を見回す。
「だけどね。私なんか、ストーカーして、せっかくの高校生活をダメにしたらもったいないよ」
明日香は声を大きくした。
「誰にも言わないから出てきて」
明日香の言葉に、消えそうな声で返事があった。
「僕、ずっと後ろにいるんですけど……」
明日香はあわてて振り返ってみる。ベンチから三メートルほど離れた場所に、男子生徒が立っていた。
「な、何してるの、君!」
思わず明日香は緊張した声で叫んでいた。一年生だとすぐ分かった。間違いなく明日香より背が低い。小柄な体に、明日香と同じく銀縁眼鏡をかけている。おとなしい性格ということもすぐに分かった。
それにしても、どうして一年生の男子が自分のそばにいるのだろう?
「君、何してたの?」
一年の男子生徒は、真っ赤な顔で明日香の方を見つめている。
「あの、その……」
悪いことするような少年には見えないが、無人の旧校舎のそばにひとりでいたというのは、やっぱり怪しい。
「何してたの? 正直に言いなさい」
一年の男子生徒の体がかすかに左右に揺れた。
「せ、先輩のこと見てました」
消えそうな声が返ってくる。
明日香のことを見てたなんて、どうしてすぐ分かるフェイクを言うのだろう。明日香は意識して、こわい顔をしてみせた。
「そんなフェイクに騙されないから」
自分のことをストーカーしてたなんて信じられるはずがない。
「ほ、本当なんです」
男子生徒の体が大きく左右に揺れた。口をパクパクさせ、目を大きく見開いている。
「僕、先輩のこと、ストーカーしてました」
明日香にとって、これはまさしくサプライズの一言。誰かと間違えたワケではなかった。明日香は、しばし少年の顔をまっすぐ見つめていた。そのうちにだんだんと、何だか嬉しい気分になってきて、口元にかすかな笑みを浮かべていた。
「あのね。私なんか、ス、ストーカーしてくれて……どうもありがとう」
男子生徒の体が、今度は前後に揺れた。
「よかったらこっちへ来ない」
明日香がやさしく手招きする。男子生徒は右手に小さなトートバッグを持っている。バッグの口から、パンとパックの牛乳が覗いていた。
「あのねっ、一緒にお昼ご飯食べよう」
明日香がもう一度、声をかける。一年生はそのまま、その場に崩れ落ちていた。
つまり、これは失神ということ。
明日香は旧校舎から持ってきたジョウロで花に水をあげ、それからベンチのひとつに腰を下ろした。深呼吸し、寂しげな笑みを浮かべた。
「私ってやっぱりダメなんだ」
そうつぶやくと、右手の人差し指の先で、そっと両目の縁をぬぐった。
「そ、そんなことないと思います」
突然、泣き出しそうな声が聞こえた。間違いなく男子の声だ。明日香は驚いて立ち上がった。自分のつぶやきに返事が聞こえてきたのだ。驚かないはずがない。
「誰かいるの?」
返事はない。
「私、二年の特進クラスの遠山明日香。誰かと間違えていない?」
あたりはシーンと静まり返っている。
「ほかの人に被害が及ぶといけないから、先生に報告するからね。旧校舎のどこかに不審者がいるって!」
明日香は左右を見回す。
「だけどね。私なんか、ストーカーして、せっかくの高校生活をダメにしたらもったいないよ」
明日香は声を大きくした。
「誰にも言わないから出てきて」
明日香の言葉に、消えそうな声で返事があった。
「僕、ずっと後ろにいるんですけど……」
明日香はあわてて振り返ってみる。ベンチから三メートルほど離れた場所に、男子生徒が立っていた。
「な、何してるの、君!」
思わず明日香は緊張した声で叫んでいた。一年生だとすぐ分かった。間違いなく明日香より背が低い。小柄な体に、明日香と同じく銀縁眼鏡をかけている。おとなしい性格ということもすぐに分かった。
それにしても、どうして一年生の男子が自分のそばにいるのだろう?
「君、何してたの?」
一年の男子生徒は、真っ赤な顔で明日香の方を見つめている。
「あの、その……」
悪いことするような少年には見えないが、無人の旧校舎のそばにひとりでいたというのは、やっぱり怪しい。
「何してたの? 正直に言いなさい」
一年の男子生徒の体がかすかに左右に揺れた。
「せ、先輩のこと見てました」
消えそうな声が返ってくる。
明日香のことを見てたなんて、どうしてすぐ分かるフェイクを言うのだろう。明日香は意識して、こわい顔をしてみせた。
「そんなフェイクに騙されないから」
自分のことをストーカーしてたなんて信じられるはずがない。
「ほ、本当なんです」
男子生徒の体が大きく左右に揺れた。口をパクパクさせ、目を大きく見開いている。
「僕、先輩のこと、ストーカーしてました」
明日香にとって、これはまさしくサプライズの一言。誰かと間違えたワケではなかった。明日香は、しばし少年の顔をまっすぐ見つめていた。そのうちにだんだんと、何だか嬉しい気分になってきて、口元にかすかな笑みを浮かべていた。
「あのね。私なんか、ス、ストーカーしてくれて……どうもありがとう」
男子生徒の体が、今度は前後に揺れた。
「よかったらこっちへ来ない」
明日香がやさしく手招きする。男子生徒は右手に小さなトートバッグを持っている。バッグの口から、パンとパックの牛乳が覗いていた。
「あのねっ、一緒にお昼ご飯食べよう」
明日香がもう一度、声をかける。一年生はそのまま、その場に崩れ落ちていた。
つまり、これは失神ということ。