名前を、付けなくて良かったのかもしれない。

 あれは恋でも、依存でも、何でもいい。あの日々の私たちは確かに好きで繋がっていた。それだけでよくて、わざわざ名前をつけなくても良かったのではないか。

 午後五時過ぎに店を出た。まだ明るく、蒸し暑い。黄金の陽の光に照らされ、歩道を歩く。車が行き交う音がし、飲食店のいい匂いが鼻腔を掠め、食欲を誘う。

 当時の私が今の私たちを見たらきっと驚くだろうな。

 不意に壁にポスターを見つけ、そういえば、と思い立った。

「祭りが来週あるんだよ」
「祭り?」
「うん、夏祭り。永、行かない?」

 ポスターを指さしながら言うと、ふうん、とじっくり観察し、いいの、と逆に問い掛けられる。

「え?」
「この人と行かなくて」

 この人、と自身の胸を叩く。喜一のことを指しているのだと分かり、口を噤む。

 そりゃあ、考えなかった訳じゃない。喜一と行きたい気持ちはもちろんある。

 けれど、かつて出来なかったことをしたいと思ったのだ。

「永と……別れた時、私、人を、好きになれなかったの」

 あの日の後のことをなぞる。それは、太陽の私とは打って変わった暗い女の話。