「先歌って」
「いいのか?」
「うん、今日は永の歌声を聴きに来たんだし、私は音痴だから後で」

 言いながら苦笑いが出てきてしまう。謙遜ではなく、本当に音痴だからなあ。
 デンモクを受け取ると、当時、私たちが共通で好きだったアーティストの曲がテレビ画面に表示される。

 メロディーが流れ、ちらりと彼を見ると目が合う。慌てて視線を離したが、私に微笑みかけていた。不覚にも顔が熱い。

 しかし、ほわほわした感覚もそこまでだった。
 永が歌い始めた途端、室内は震え、息を飲む。抑揚を付け、少しだけ声の高い喜一の声が低くも突き付けた歌声に変貌する。

 上手い。歌の善し悪しはあまり分からないと思っていたが、これは上手いと分かる。思わず彼を見ると、胸に手を当て、歌の中に入り込んでいるように辛い顔をし、けれど目が離せない声の発生源に釘付けになってしまった。

 メロディーが止まり、戻ってきた彼と目が合う。我に返って拍手をすると、いやいや、と照れ笑いを浮かべた。私は頭を振った。

「いや、ほ、本当に上手かった……。上手い人ってこんなに違うんだ。私は音痴だし、周りにここまで上手い人っていなかったから……。凄いよ、本当に」
「そう? ありがとな」