ある日突然モンスターが村に現れた。たまたま村に居合わせた勇者が剣をふるい、村は救われた。それを目の当たりにしたわたしは感動にうち震え、勇者を目指すようになった。

「とてもかっこよかったんです。わたしも誰かを助ける存在になりたい。村のみんなの笑顔を守りたい。そう思ったから、勇者になろうと決めたんです」

あの時のことを思い出すと胸が震える。
村の皆の安堵した表情は忘れられない。

わたしは首にかけているネックレスのチャーム部分を胸から出す。光の反射によって虹色にも見えるそれは、楕円形でまるでうろこのような形をしていてとても綺麗だけれど、無数にヒビが入って今にも割れそうになっている。

「これ、そのときの勇者にもらったんです。泣いていたわたしに、お守りだよって」

「ふうん、その割にアンタ弱そうね」

せっかく思い出に浸っていたのに、ママは食器を下げながら手厳しいことを言う。まさに図星なので言い返すことができず、わたしはぐぬぬと唇を噛んだ。

「ま、まだ修行中なんです。これから頑張るんです」

「何言ってんのよ。うちの店の前で死にかけてたくせに」

「うっ」

「だいたいなあに、そのお守り。ヒビが入りまくりじゃないの。何度アンタの身代わりになってくれてるのよ」

「ううっ」

「それにその剣。アンタにはでかすぎるのよ」

「うううっ」

「アンタちょっとこれ持ってみなさい」

ママに手招きされてカウンターへ入る。

「……包丁?」

「その包丁でこれ切ってみなさい」

「何ですか、これ」

目の前には緑色で細長い物体が置かれている。

「きゅうりっていう野菜よ。異世界の食べ物」

「異世界? あの、ママって一体何者……?」

「アンタからしたらアタシは異世界人。アタシからしたらアンタが異世界人。そんなことはどうでもいいのよ。早く切りなさいってば」

「え、ええっ」

戸惑いながらも、わたしはきゅうりをトントンと切った。

「剣を使いたいなら包丁を使いなさい。魔法が使いたかったらこの粉を使いなさい」

言われるがまま、きゅうりによくわからない粉をふって混ぜ合わせた。

「あの、これのどこが勇者でどこが魔法使いなんですか?」

ただ料理をしているだけだ。いや、料理というよりも作業に近い。こんなことをして何になるというのだ。