「アンタ、コバルトファイヤードラゴンの肉、食べたことある?」

「は? そんなのないに決まってるじゃん。こんなときに何言ってんの?」

ママはキッチンから包丁をかざす。窓から差し込む光に反射して、刃の部分が妖しく光った。

「普通のファイヤードラゴンの肉は固くて不味いけど、コバルトファイヤードラゴンの肉は神戸牛や松阪牛に勝るとも劣らない超貴重な肉」

「は? こうべぎゅう……? まつざか……? は?」

「しかもスペアリブは蕩けるような旨さ」

「すぺあ……なに?」

「肝はフォアグラ」

「もう何言ってるかわからないよ」

「マリちゃん、今すぐこれに着替えなさい」

バサリと渡された服は水色でひらひらとした可愛いワンピースに白のエプロン、そしてブーツ。無言の圧力の元、大人しく着替えたわたしは完全にウェイトレス姿だ。

「はい、これ付けて」

腰に巻かれるベルトはまるで勇者の剣を納める鞘を固定するような……。

「って何これ?」

わたしの左腰には小さな鞘。そこに刺さる柄を抜いてみれば、刃渡り三十センチはあろうかという包丁だった。

「さて、元勇者のマリちゃん。お手並み拝見と行こうじゃないの。コバルトファイヤードラゴンの肉をゲットしに行くわよ!」

「えっ? 嘘でしょ?」

ママはいつもの丸首の白いエプロン(割烹着というらしい)に、いつの間にか両腰に包丁を四本も携えている。滑り止めの付いた手袋までして完璧装備だ。

……いや、待て待て。
何で包丁が装備なの。ありえないでしょう?

「ママ、正気?」

「当たり前でしょ。この機を逃してなるものですか。ほら、行くわよ」

「ひっ、ひぇぇぇぇぇ~」

わたしはママに首根っこを掴まれ半ば引きずられるように森まで連れてこられた。ママはがたいがいいのに見かけによらず走るのが速い。引きずられているはずなのに、まるで空を飛んでいるかのような気さえした。