「今晩は忙しくなるんじゃなーい?」

「え、どうして?」

「傷ついた勇者たちがアタシの店の美味しい香りにつられてやってくるはず」

「ママ、意外とがめついのね……」

「商売上手と言いなさい!」

ぴしゃっと叱られわたしは苦笑いする。
キッチンの奥を見れば、大きなお鍋にさっき食べさせてもらったハヤシライスがたっぷり。大勢のお客さんがママのお店を訪れてもきっと賄える量。まるでこのドラゴン騒ぎを見越して作ったかのようだ。

しばらく外を眺めていたら、森の方へ駆けていった勇者たちの何人かが血相を変えて戻ってくる。口々に「ヤバイ」「逃げろ」「あれはダメだ」と叫びながら通りを抜けていく。

「え、どうしたんだろう?」

わたしは気になって外に飛び出してみる。森の方角に目を向ければ、一匹のドラゴンが空を舞っている。その色は遠目でもよくわかる。青い。

……え、青い?
普通ファイヤードラゴンは全体的に赤い色をしている。だけど今空を舞っているのは青いファイヤードラゴンだ。

「ちょっ、ママ、大変! コバルトファイヤードラゴンが出た!」

慌ててお店に戻って叫ぶと、ママの目が鋭く光る。

「なんですって。コバルトファイヤードラゴン?」

「そうだよ。あれはヤバイよ。普通のファイヤードラゴンより強いって言われてる。町が一つ消え去るくらいの火炎を吐くんだって。前に行きずりの勇者から聞いたもん」

「行きずりの勇者って、アンタ……一応コミュニケーション能力はあるのね……」

「気にするとこそこじゃないでしょ! あんなのがこっちに向かってきたら一溜まりもないよ」

「そのために勇者とか魔法使いがいるんでしょーが」

「そうだけど、さっきからみんな逃げてきてるもん!」

コバルトファイヤードラゴンはまだ遠いところにいる。だけどいつこちらへ飛んでくるとも限らない。いつ火炎を吐くかわからない。小さい頃、わたしの村がモンスターに襲われたみたいに、いつどこで何が起こってもおかしくないのがこの世界の理なのだ。