無事にポンチョと、ミランダとお揃いの髪留めを完成させた私は早速お忍びのアイテムに取り入れることにした。
今日は久しぶりの外出に着たのと同じ、若草色のエプロンドレスに茶色のブーツ。それに加えて出来たばかりのポンチョを羽織る。髪を結わくのはこれまた作ったばかりのレースの髪留め。くすんだ金髪の私とは違い、眩いほどの美しき金色を持つミランダの髪に合わせた結果、深緑色のレースを使用することにした。過去にプレゼントした真紅のリボンと空色のリボンはミランダのお気に入りになっているので、それ以外の色をと思ったのだ。
今回も気に入ってくれるといいのだが……と期待しつつ、意外に私の髪にも似合ったことに安堵する。真紅のリボンも空色のリボンも私には似合わなくて、ミランダに贈ったものと同じように作ったはいいが、鏡台の肥やしになってしまっている。
だが今回のものは私のお気に入りにもなりそうだ。
「ユタリア、これは今日のお小遣い」
今にもスキップをし出しそうな足取りでお父様の元へと向かうと、いつも通りの小さなお財布を差し出してくれた。
「ありがとう、お父様」
城下町へ行く時の相棒をポシェットへと忍ばせてからペコリとお辞儀をするとお父様はニッコリと笑った。
「1000リンス多めに入れておいたから、今度はクレープを味わっておいで」
「え?」
お父様はミランダから事情を聞いたらしく、クレープ代だけ多めにお金をくれたのだ。どうやら以前、多めにくれたレース糸の代金にはその意味も込められていたらしい。
「お父様、大好き!」
やっとお父様の心遣いに気付いた私は、ここには居ないミランダへのお礼も込めてお父様に抱きつく。
「楽しんでおいで」
お父様は私の頭をポンポンとなでると、玄関までお見送りをしてくれた。
――こうして意気揚々と屋敷を出た私だったのだが、その天にも昇るほどの気持ちは城下町に到着してすぐに急降下することとなった。彼が、エリオット=ブラントンが視界の端に映ってしまったのである。
なぜこうも城下町に出る度に遭遇するのか。自分の不運さを呪いたいくらいだ。
しかもよりによってチョコバナナクレープを頬張っている時に、だ。
私の気分は順調に降下しているというのに、目の前の男はといえばお構いなしに私との距離を詰めてくる。
「君はこの前の……」
『この前』というのはおそらく手芸屋さんの帰りのことだろう。出来ることなら忘れて欲しいのだが、そうはいかないようだ。エリオットは心配そうな表情を浮かべて、私の様子を窺っている。
「あの後、痛みが出たとか、怪我していたことに気付いたとか、そういうことはなかったか?」
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、以前も申し上げました通り心配していただかなくても結構ですので」
だがどうせ気にするなら私の身体ではなく、機嫌であってほしい。まぁそんなこと、臨んだところで無駄なのだろう。 会釈もそこそこに、手元のクレープをムシャムシャと食べ進めていく。こんな時でも相変わらずクレープを味わえるだけの神経の図太さは我ながら素晴らしいものである。貴族のご令嬢としては品がないと批判されることだろう。
だが目の前の男如きに二度もクレープを邪魔されてたまるものか! 私のクレープへの愛はそんなに脆くはないのである。町娘の恰好をしているのをいいことに、貴族としての品なんて腹の足しにもならないものはガン無視を決め込むことにした。
「だが……」
納得いかない様子のエリオットを横目で捉えて、手早く口元のクリームをナプキンで拭き取ると立ち上がる。クレープさえ食べ終えてしまえば、こんな場所に留まる理由など何一つだってない。
「それでは失礼いたします」
「いや、せめて治療代だけでも受け取ってくれ!」
エリオットはその場を去ろうとする私の腕を掴むと、腰に下げて居た袋をそのまま私の手に乗せる。手に乗せられた袋の重みと、次第に増えつつある市民達の興味の視線は耐え難い。
「……必要ありません」
袋を乗せたままの手をそのままエリオットへずいと突き出すが、彼は私の手を包んで受け取ってほしいと懇願する。だがそれをはい、そうですかと受け取れる訳がない。むしろ以前受け取ってしまったクレープ1つには高すぎる対価ですら返却したいのだ。その気持ちを押し込んで、いくら入っているかもわからない謎の袋を受け取ってしまったら……闇取引にでも片足突っ込んだような気分になるだろう。小説の中の登場人物が怪しい男にお金を握らされるだけでもソワソワするというのに、自分がとなれば全力で拒否する所存だ。
「ですが、せめてこれくらいは……」
「ただぶつかっただけです! 怪我なんてしていませんので治療費も必要ありません!」
両手で袋を持って、そしてその手をエリオットの胸に押し付ける。すると『とりあえず貰っときゃいいのになぁ』と傍観者の男が呟いた言葉が耳に届いた。そんなの当人でないからこそ言える台詞である。何とも無責任な話だ。きっとあの男の手に乗せたら彼もまた私と同じ選択肢を選ぶことだろう。それだけの重みがこの袋にはあるのだ。だがそんな言えるわけもないことを考えている暇は今の私にはない。例え誰に何を言われようとも、私はこれを受け取るわけにはいかないのだから。
「ですが女性にぶつかって謝罪もしないというのは騎士として、いえ男としてあってはならないことです」
「あなたがそれを言いますか!」
以前、10000リンスを握らせて謝罪もなく去った人の言う言葉ではない。エリオットが本心で言っているとするならば私の中での彼はすでに騎士でもなければ男でもないと言うわけだ。
ならばここで問答をするのは無駄ということだろう。
「え?」
「ともかくこのお金は受け取れませんし、今回のことでの謝罪はすでに受け取りましたので、失礼します」
目を開いて静止するエリオットに適当に礼をすると足早にその場を立ち去ることにした。馬車に戻るまでの間、幾人もの人達に目で追われているのを肌で感じた。それはそうだろう。あんなにも目立ってしまったのだから。
エリオットを含め、わざわざ追ってくる人はいなかったのを幸いに裏道を通って、遠回りをして馬車に辿り着く頃には周りには誰もいなくなっていた。
今日は久しぶりの外出に着たのと同じ、若草色のエプロンドレスに茶色のブーツ。それに加えて出来たばかりのポンチョを羽織る。髪を結わくのはこれまた作ったばかりのレースの髪留め。くすんだ金髪の私とは違い、眩いほどの美しき金色を持つミランダの髪に合わせた結果、深緑色のレースを使用することにした。過去にプレゼントした真紅のリボンと空色のリボンはミランダのお気に入りになっているので、それ以外の色をと思ったのだ。
今回も気に入ってくれるといいのだが……と期待しつつ、意外に私の髪にも似合ったことに安堵する。真紅のリボンも空色のリボンも私には似合わなくて、ミランダに贈ったものと同じように作ったはいいが、鏡台の肥やしになってしまっている。
だが今回のものは私のお気に入りにもなりそうだ。
「ユタリア、これは今日のお小遣い」
今にもスキップをし出しそうな足取りでお父様の元へと向かうと、いつも通りの小さなお財布を差し出してくれた。
「ありがとう、お父様」
城下町へ行く時の相棒をポシェットへと忍ばせてからペコリとお辞儀をするとお父様はニッコリと笑った。
「1000リンス多めに入れておいたから、今度はクレープを味わっておいで」
「え?」
お父様はミランダから事情を聞いたらしく、クレープ代だけ多めにお金をくれたのだ。どうやら以前、多めにくれたレース糸の代金にはその意味も込められていたらしい。
「お父様、大好き!」
やっとお父様の心遣いに気付いた私は、ここには居ないミランダへのお礼も込めてお父様に抱きつく。
「楽しんでおいで」
お父様は私の頭をポンポンとなでると、玄関までお見送りをしてくれた。
――こうして意気揚々と屋敷を出た私だったのだが、その天にも昇るほどの気持ちは城下町に到着してすぐに急降下することとなった。彼が、エリオット=ブラントンが視界の端に映ってしまったのである。
なぜこうも城下町に出る度に遭遇するのか。自分の不運さを呪いたいくらいだ。
しかもよりによってチョコバナナクレープを頬張っている時に、だ。
私の気分は順調に降下しているというのに、目の前の男はといえばお構いなしに私との距離を詰めてくる。
「君はこの前の……」
『この前』というのはおそらく手芸屋さんの帰りのことだろう。出来ることなら忘れて欲しいのだが、そうはいかないようだ。エリオットは心配そうな表情を浮かべて、私の様子を窺っている。
「あの後、痛みが出たとか、怪我していたことに気付いたとか、そういうことはなかったか?」
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、以前も申し上げました通り心配していただかなくても結構ですので」
だがどうせ気にするなら私の身体ではなく、機嫌であってほしい。まぁそんなこと、臨んだところで無駄なのだろう。 会釈もそこそこに、手元のクレープをムシャムシャと食べ進めていく。こんな時でも相変わらずクレープを味わえるだけの神経の図太さは我ながら素晴らしいものである。貴族のご令嬢としては品がないと批判されることだろう。
だが目の前の男如きに二度もクレープを邪魔されてたまるものか! 私のクレープへの愛はそんなに脆くはないのである。町娘の恰好をしているのをいいことに、貴族としての品なんて腹の足しにもならないものはガン無視を決め込むことにした。
「だが……」
納得いかない様子のエリオットを横目で捉えて、手早く口元のクリームをナプキンで拭き取ると立ち上がる。クレープさえ食べ終えてしまえば、こんな場所に留まる理由など何一つだってない。
「それでは失礼いたします」
「いや、せめて治療代だけでも受け取ってくれ!」
エリオットはその場を去ろうとする私の腕を掴むと、腰に下げて居た袋をそのまま私の手に乗せる。手に乗せられた袋の重みと、次第に増えつつある市民達の興味の視線は耐え難い。
「……必要ありません」
袋を乗せたままの手をそのままエリオットへずいと突き出すが、彼は私の手を包んで受け取ってほしいと懇願する。だがそれをはい、そうですかと受け取れる訳がない。むしろ以前受け取ってしまったクレープ1つには高すぎる対価ですら返却したいのだ。その気持ちを押し込んで、いくら入っているかもわからない謎の袋を受け取ってしまったら……闇取引にでも片足突っ込んだような気分になるだろう。小説の中の登場人物が怪しい男にお金を握らされるだけでもソワソワするというのに、自分がとなれば全力で拒否する所存だ。
「ですが、せめてこれくらいは……」
「ただぶつかっただけです! 怪我なんてしていませんので治療費も必要ありません!」
両手で袋を持って、そしてその手をエリオットの胸に押し付ける。すると『とりあえず貰っときゃいいのになぁ』と傍観者の男が呟いた言葉が耳に届いた。そんなの当人でないからこそ言える台詞である。何とも無責任な話だ。きっとあの男の手に乗せたら彼もまた私と同じ選択肢を選ぶことだろう。それだけの重みがこの袋にはあるのだ。だがそんな言えるわけもないことを考えている暇は今の私にはない。例え誰に何を言われようとも、私はこれを受け取るわけにはいかないのだから。
「ですが女性にぶつかって謝罪もしないというのは騎士として、いえ男としてあってはならないことです」
「あなたがそれを言いますか!」
以前、10000リンスを握らせて謝罪もなく去った人の言う言葉ではない。エリオットが本心で言っているとするならば私の中での彼はすでに騎士でもなければ男でもないと言うわけだ。
ならばここで問答をするのは無駄ということだろう。
「え?」
「ともかくこのお金は受け取れませんし、今回のことでの謝罪はすでに受け取りましたので、失礼します」
目を開いて静止するエリオットに適当に礼をすると足早にその場を立ち去ることにした。馬車に戻るまでの間、幾人もの人達に目で追われているのを肌で感じた。それはそうだろう。あんなにも目立ってしまったのだから。
エリオットを含め、わざわざ追ってくる人はいなかったのを幸いに裏道を通って、遠回りをして馬車に辿り着く頃には周りには誰もいなくなっていた。