「リガード!? どうしたんだ、突然。まぁ、いい。すぐにお茶でも用意させる」
 エリオットなんかよほど困惑しているのか、それともいつものことなのか、少し驚いたかと思えばすぐに使用人を呼びつけてお茶の準備をさせようとする。けれど他でもないリガードがそれを手で制す。
「いや、いい」
 そしてそれだけ告げると、リガードはエリオットの隣を通り過ぎ、私の前で立ち止まった。そしてかつて喫茶店でそうしたようにクンクンと鼻をヒクつかせた。
「リガード? 何やってるんだよ」
 エリオットは様子のおかしいリガードを私の前から引き剥がす。けれどリガードははエリオットの言葉を無視して、私へと問いかけた。
「なぁ、あんた。城下町にある『リオン』って名前の喫茶店、知ってるか?」
「え? ええ」
 突然の問いかけに驚きはしたものの、リガードと入った喫茶店が確かそんな名前だったはずだと思い出して、正直に答える。するとその答えにリガードは「そうか」とニタリと笑った。だがそれがどうしたのか、と私が尋ねるよりも早くエリオットがそれを口にする。
「リガード、ユタリアがその店を知っているからなんだって言うんだ」
 自分だけ仲間外れにされた気分で焦っているようにも思えるが、それは私も同じである。この質問の真意を分かるものはまだ、リガード本人だけだ。だがやはりリガードはエリオットの問いかけを無視して、己の質問を続ける。
「あそこは喫茶店にはしては珍しくテイクアウトもできるから、知ってるかなと思ってな。あんた、あそこのケーキ食べたことあるか? 特にモンブランが絶品で、俺は定期的に使用人に買ってきてもらうんだが……」
「何が言いたい?」
 2度の問いかけを無視されたエリオットの声は怒気が孕んでいた。友人と形ばかりの妻とはいえ、貴族の男として、2人きりの会話は許せないのだろう。
 するとさすがのリガードもそれには困ったようで頬をポリポリと掻きながら、質問の意味をエリオットに説明する。
「いや、彼女は甘いものが好きだって聞いたから、食べたことあるかなと思って」
 その姿は少し可哀想に思えて、私は素直にリガードの質問に答えることにした。
「ありますよ。モンブランではなく、ガトーショコラですが……」
「ガトーショコラ、ね……。貴族のご令嬢であるあんたが、わざわざ城下町まで足を運んで食べに行ったのか?」
「え?」
「知らなかったのか? ガトーショコラはテイクアウトメニューには含まれない。正確に言えばテイクアウトサービスが出来る前にあの店からガトーショコラ自体がメニューから消えた」
「……………………」
「あの店は材料にこだわっていてな、もちろんガトーショコラもそうだ。店長が厳選に厳選を重ねて選び出したチョコレートが安定した仕入れが出来なくなったから出すのをやめたんだ。けどあんた、知らなかっただろう? なんせそれは全部、この一年にあったことだからな」
 そんなの初耳だ。だがメニューが消えることはあり得ない話ではない。リガードの言葉に嘘はないのだろう。
「リガード、何がいいたい」
「なぁ、あんた……ユリアンナなんだろ?」
 ……だがまさかそんな理由でこうして窮地に立たされるなど夢にも思わなかった。自分の甘さを実感していると唇を噛み締めていると、エリオットが驚いたように声を上げた。まさかリガードと私が知り合いだとは思わなかったのだろう。
 これで終わりだ。そう、覚悟まで決めた――だがリガードはまさかの一言を続けた。
「ユタリア=ハリンストンとはいつ入れ替わった?」
「は?」
 力強く封じられていた口が開いて出たのはあまりにもこの場には相応しくない声だった。だがリガードのどこからやって来たのかもわからない結論には、こんな素っ頓狂な声が一番合っていた。