これからどうするか、全くの無計画で屋敷を飛び出した私が向かったのはハイゲンシュタイン屋敷だった。
本好きのライボルトならきっと味方にはなってくれなくとも、話は聞いてくれるだろうと思ったのだ。それにライボルトもまた私の家族なのだ。取り繕う必要などなく、愚痴を包み隠さず吐き出すことが出来る。心配事があるとすれば、ライボルトが都合よく屋敷にいるかどうかである。そう、たったそれだけなのだ。
外出していないでよ! と心の中でライボルトの在宅を強く願いながら馬車に揺られる。そして門の外から見えたハイゲンシュタイン家の馬車に拳を固めた。ハイゲンシュタインの使用人への挨拶はそこそこに、ライボルトの部屋に向かって階段を駆け上がる。
「ライボルト!」
「うわっ! ユタリア、どうしたんだ?」
だが話をちゃんと聞かなかったせいだろう。
「ユタリア様?」
完全に家族向けのサボテン令嬢モードで突入したライボルトの部屋にはリーゼロット様が居たのである。
元より2人とも趣味や共通点が多いということもあり、以前の婚約者とは違い、仲を深めているようで何よりだ。従姉妹としては非情に嬉しい光景ではあるものの、ライボルトとリーゼロット様からすれば約束もなしに突如として乱入した邪魔者である。
「あ、えっと……その……」
さすがにここで自分の愚痴を爆発させるほど、私は非常識ではない。なんて今さら言っても遅いかもしれない。だが言い訳をさせてもらえるなら、荒ぶる頭ではライボルトの部屋に他の女性がいると導き出すことは出来なかったのである。自分の仕出かしたことの重大さに思わず、頭を抱えてしまう。この状況、ロマンス小説と同じ展開を辿るならばリーゼロット様が私とライボルトの関係を疑うことだろう。だがライボルトが小説のヒーローのように上手く説明できるとは思えない。こんなことで関係がこじれたなんてことがあれば、私は……。必死で自分の頭から絞り出せるだけの語彙力を絞り出し「ええっと」と口を開く。
けれどリーゼロット様とライボルトが私へと向ける視線は優しいものだった。
「どうなさったんですか?」
「今、ユタリアの分のお茶を用意させる」
そして彼らは邪魔者でしかない私を心配して、優しく受け入れてくれた。私はその優しさに甘えて、今までの出来事を全て彼らに打ち明けた。
どうやらエリオットには想い人がいるらしいということ、私が気に入らないらしいということ。そして今日、ついに本を没収されそうになって気持ちを爆発させてしまったこと。もちろん、怒りに任せて離縁してもらっても構わないとまで言ってしまったことも包み隠さず――。
2人は私の話が全て終わるまで、聞きに徹してくれた。そして全てを打ち明けた今、リーゼロット様はぽつりと言葉をこぼした。
「だから最近、元気がなかったのですね」
「え?」
「本当はこの前、夜会で見かけた時に声をかけようとしたんだ。けどユタリア、なんか疲れているみたいだったから止めたんだ。だから落ち着いた頃にお茶会にでも誘おうってリーゼロットと話していたところだったんだ。けどそんなに弱っているなら早く声、かけとけば良かったな……」
「私、そんなに分かりやすかった?」
取り繕えていたつもりだったが、もしかしたらもっと前から仮面は少しずつ崩れていたのか……。それはエリオットも怒り出す訳だ。だがあれ以上、取り繕えるかと聞かれればNOである。私の技量ではあれが限界なのだ。だったらさっさと離縁してもらった方が双方のためではなかろうか。
嫁に出して一年もしないで帰って来た、なんてハリンストンにとっては大きな汚点となることだろう。その時は王子妃に選ばれなかったショックで気が狂ってしまったとかなんとか適当に言い訳を作って、王都からうんと離れた修道院にでも入れてくれればいい。外の人間とは気軽に会えなくなるだろう。だが今は本を没収するだけのエリオットがいつか外出さえも許さなくなる可能性だって十分あり得るのだ。理由は、分からないけれど……。
「はぁ……」
ため息を零してカップを持ち上げる。すると目の前に美味しそうなショートケーキが乗せられたお皿が差し出された。
「とりあえず甘いもの食べて元気だせ?」
「ありがとう、ライボルト……」
元気がないから食べられない……なんてそんなか弱さは持ち合わせていない。そんなこと、ライボルトにはお見通しなのだろう。そして自分のショートケーキからイチゴを取って、私のショートケーキの上に着陸させるリーゼロット様にも。
やっぱりこの2人、お似合いだわ。
夜会に出席するライボルトは、本来の性格さえ知らなければ誰でも好青年だと信じて疑うことはないだろう。それに彼にはハイゲンシュタイン家の長男という素敵なレッテルだって貼られている。だからライボルトの妻になりたいと望むご令嬢は結構多いのだ。だがそんな多くのご令嬢の中には彼に『相応しい』ご令嬢はいなかった。そして家の格が釣り合うだけではどうにもならないことはライボルトと元婚約者の女性がすでに証明してしまっている。
だからこそリーゼロット様がこうして自然体でいるライボルトを認めてくれることが、私は嬉しくてたまらないのだ。
本好きのライボルトならきっと味方にはなってくれなくとも、話は聞いてくれるだろうと思ったのだ。それにライボルトもまた私の家族なのだ。取り繕う必要などなく、愚痴を包み隠さず吐き出すことが出来る。心配事があるとすれば、ライボルトが都合よく屋敷にいるかどうかである。そう、たったそれだけなのだ。
外出していないでよ! と心の中でライボルトの在宅を強く願いながら馬車に揺られる。そして門の外から見えたハイゲンシュタイン家の馬車に拳を固めた。ハイゲンシュタインの使用人への挨拶はそこそこに、ライボルトの部屋に向かって階段を駆け上がる。
「ライボルト!」
「うわっ! ユタリア、どうしたんだ?」
だが話をちゃんと聞かなかったせいだろう。
「ユタリア様?」
完全に家族向けのサボテン令嬢モードで突入したライボルトの部屋にはリーゼロット様が居たのである。
元より2人とも趣味や共通点が多いということもあり、以前の婚約者とは違い、仲を深めているようで何よりだ。従姉妹としては非情に嬉しい光景ではあるものの、ライボルトとリーゼロット様からすれば約束もなしに突如として乱入した邪魔者である。
「あ、えっと……その……」
さすがにここで自分の愚痴を爆発させるほど、私は非常識ではない。なんて今さら言っても遅いかもしれない。だが言い訳をさせてもらえるなら、荒ぶる頭ではライボルトの部屋に他の女性がいると導き出すことは出来なかったのである。自分の仕出かしたことの重大さに思わず、頭を抱えてしまう。この状況、ロマンス小説と同じ展開を辿るならばリーゼロット様が私とライボルトの関係を疑うことだろう。だがライボルトが小説のヒーローのように上手く説明できるとは思えない。こんなことで関係がこじれたなんてことがあれば、私は……。必死で自分の頭から絞り出せるだけの語彙力を絞り出し「ええっと」と口を開く。
けれどリーゼロット様とライボルトが私へと向ける視線は優しいものだった。
「どうなさったんですか?」
「今、ユタリアの分のお茶を用意させる」
そして彼らは邪魔者でしかない私を心配して、優しく受け入れてくれた。私はその優しさに甘えて、今までの出来事を全て彼らに打ち明けた。
どうやらエリオットには想い人がいるらしいということ、私が気に入らないらしいということ。そして今日、ついに本を没収されそうになって気持ちを爆発させてしまったこと。もちろん、怒りに任せて離縁してもらっても構わないとまで言ってしまったことも包み隠さず――。
2人は私の話が全て終わるまで、聞きに徹してくれた。そして全てを打ち明けた今、リーゼロット様はぽつりと言葉をこぼした。
「だから最近、元気がなかったのですね」
「え?」
「本当はこの前、夜会で見かけた時に声をかけようとしたんだ。けどユタリア、なんか疲れているみたいだったから止めたんだ。だから落ち着いた頃にお茶会にでも誘おうってリーゼロットと話していたところだったんだ。けどそんなに弱っているなら早く声、かけとけば良かったな……」
「私、そんなに分かりやすかった?」
取り繕えていたつもりだったが、もしかしたらもっと前から仮面は少しずつ崩れていたのか……。それはエリオットも怒り出す訳だ。だがあれ以上、取り繕えるかと聞かれればNOである。私の技量ではあれが限界なのだ。だったらさっさと離縁してもらった方が双方のためではなかろうか。
嫁に出して一年もしないで帰って来た、なんてハリンストンにとっては大きな汚点となることだろう。その時は王子妃に選ばれなかったショックで気が狂ってしまったとかなんとか適当に言い訳を作って、王都からうんと離れた修道院にでも入れてくれればいい。外の人間とは気軽に会えなくなるだろう。だが今は本を没収するだけのエリオットがいつか外出さえも許さなくなる可能性だって十分あり得るのだ。理由は、分からないけれど……。
「はぁ……」
ため息を零してカップを持ち上げる。すると目の前に美味しそうなショートケーキが乗せられたお皿が差し出された。
「とりあえず甘いもの食べて元気だせ?」
「ありがとう、ライボルト……」
元気がないから食べられない……なんてそんなか弱さは持ち合わせていない。そんなこと、ライボルトにはお見通しなのだろう。そして自分のショートケーキからイチゴを取って、私のショートケーキの上に着陸させるリーゼロット様にも。
やっぱりこの2人、お似合いだわ。
夜会に出席するライボルトは、本来の性格さえ知らなければ誰でも好青年だと信じて疑うことはないだろう。それに彼にはハイゲンシュタイン家の長男という素敵なレッテルだって貼られている。だからライボルトの妻になりたいと望むご令嬢は結構多いのだ。だがそんな多くのご令嬢の中には彼に『相応しい』ご令嬢はいなかった。そして家の格が釣り合うだけではどうにもならないことはライボルトと元婚約者の女性がすでに証明してしまっている。
だからこそリーゼロット様がこうして自然体でいるライボルトを認めてくれることが、私は嬉しくてたまらないのだ。