ユタリア=ハリンストンからユタリア=ブラントンに名前を変えて早1年。
ブラントンに籍を移すと同時期に、王都の中にあるエリオット=ブラントン所有の屋敷が私の新しい住居となった。城下町からもほど近く、時折露店のお菓子が恋しくなることもあるが、景観もよく、過ごしやすいところである。
結婚してばかりの頃は、夫婦揃って毎晩夜会に繰り出しては挨拶回りをし、私もブラントンの妻として昼はお茶会を渡り歩いたものだった。夜会の招待がやっと落ち着いたのはつい最近のことである。お茶会は相変わらずだが、元より付き合いのあった方々とのもので苦にはならない。
そして結婚直後から送られてくるミランダからの手紙も恒例化した。いつだって使用人を伴わずにブラントン屋敷へと移った私を、息苦しくはないかと心配してくれている。そしていつでも顔を見せに帰ってきてもいいのだと言う彼女の言葉を真に受けて、この一年で距離的にはそう遠くはないハリンストンの家へと顔を見せに行ったことも何度かある。その度にせめてこれを……!と、すでに用意していたのかと思うほどの大量のオススメ本を持たされては、暇な時間を潰すのに大いに役立たせてもらった。
そしてエリオットとの関係だが……彼は夜会の評判通りの紳士的な男ではあったものの、城下町でユリアンナと話をしていた時のように近しい仲にはなれていない。夫婦となっても、エリオットにとって所詮私は他人だからだろう。そんなところは少しだけ寂しく、そんな関係でしかないため、なかなか本が欲しいとは言い出せないのだ。
言わずとも用意してくれた毛糸やレース糸で、新たな物を作り出したり、ミランダから定期的に送られてくる手紙が私の楽しみである。そしてある日を境にミランダからの手紙には、何回かに一度、ライボルトからのものも含まれるようになった。初めにミランダの選んだ桃色の封筒に、見覚えのある便せんが混じっていたのは、吹く風に花の香りが纏う季節のことだった。
リーゼロット=ペシャワール様と婚約を結んだ――とのその知らせだった。
ついにライボルトの新たな婚約者が決まったのかと嬉しくなり、そしてそのお相手があのリーゼロット様だと言うことに驚いた。だが私の驚きはそれだけには止まらなかった。
あの……あの、ライボルトが自らペシャワールに婚約を申し出たと言うのだ。
きっかけはペシャワールの屋敷の一部を占める、驚くべきほどの蔵書数であったらしいが、リーゼロット様の知識にも惹かれたらしい。
学園在籍中もリーゼロット様は王子の婚姻候補者として誰よりも努力をし、学生の見本たれといつだって気を張って行動して、そして勉学に励んだ。それはペシャワール家に生まれた者としての矜持がそうさせていたのだろう。私がハリンストンの娘としてのプライドと役割があるように彼女にもそれがあった。そんなリーゼロット様は元々文学に興味があったらしく、特に文学の勉強を熱心に行っていた。だからこそライボルトと話があったのだろう。
ライボルトからその知らせが来るまでの間、一度だってリーゼロット様が夜会やお茶会に参加したという話は聞かなかった。ショックで未だ塞ぎ込んでいるのだろうと心配はしていたのだ。だが彼女の様子を確かめる術などなく、それは思うだけに留まっていた。
なぜライボルトがペシャワール家に、リーゼロット様の元に訪れることになったかは知らないが、ハイゲンシュタイン家次期当主から熱心にアプローチをされ、好条件のその誘いにペシャワール家も乗ったのだろう――そう思っていた。
けれど違ったのだ。ライボルトがリーゼロット様に惹かれたように、彼女もまたライボルトに惹かれたのだ。そのことを知ったのはリーゼロット様の誘いを受けて、ペシャワール家にお邪魔した時のことだった。
「父からユタリア様とエリオット=ブラントン様の結婚を聞きまして、私も前に進まなくてはと思いましたの。そんな時、ライボルト様と出会いましたの。『家族にならないか』との言葉に胸を打たれましたわ。きっと私は、ユグラド王子やクシャーラ様のように相手に恋することは出来ません。けれど……ライボルト様のような素敵なお方と家族になれることを誇らしく思いますわ」
リーゼロット様はいつだって責任感から固まってしまっていた表情筋を緩めて、桃色に染まった優しい顔で私に打ち明けてくれた。
長い間、共に王子の婚姻者候補を勤め上げていたからだろう。こうして彼女の背中を押すキッカケとなったことを喜ばしく思えた。
そして何より、大事な従兄弟にも家族になりたいと思えるような女性が出来たことにホッと息を吐いた。自分でも気づかないうちに、ライボルトとの婚約を断ってしまったことを気にしていたのだろう。けれどリーゼロット様となら、誰よりも貴族としての誇りを持ち、そして本を慈しんでくれる女性なら、私よりもいい夫婦になれることだろう。
私とライボルト、リーゼロット様のたった3人ぽっちのお茶会を機に、リーゼロット様は少しずつ夜会やお茶会に顔を出すようになった。
そして瞬く間に彼女の噂は社交界に広がった。
リーゼロット様は以前よりもよく笑うようになった――と。
『社交界の赤薔薇』は一度そのツボミを閉じてしまった。だがトゲを落とし、一層美しく咲き誇るようになった。
そしてその隣に寄り添うのは、婚約者に逃げられた私の従兄弟様である。
ブラントンに籍を移すと同時期に、王都の中にあるエリオット=ブラントン所有の屋敷が私の新しい住居となった。城下町からもほど近く、時折露店のお菓子が恋しくなることもあるが、景観もよく、過ごしやすいところである。
結婚してばかりの頃は、夫婦揃って毎晩夜会に繰り出しては挨拶回りをし、私もブラントンの妻として昼はお茶会を渡り歩いたものだった。夜会の招待がやっと落ち着いたのはつい最近のことである。お茶会は相変わらずだが、元より付き合いのあった方々とのもので苦にはならない。
そして結婚直後から送られてくるミランダからの手紙も恒例化した。いつだって使用人を伴わずにブラントン屋敷へと移った私を、息苦しくはないかと心配してくれている。そしていつでも顔を見せに帰ってきてもいいのだと言う彼女の言葉を真に受けて、この一年で距離的にはそう遠くはないハリンストンの家へと顔を見せに行ったことも何度かある。その度にせめてこれを……!と、すでに用意していたのかと思うほどの大量のオススメ本を持たされては、暇な時間を潰すのに大いに役立たせてもらった。
そしてエリオットとの関係だが……彼は夜会の評判通りの紳士的な男ではあったものの、城下町でユリアンナと話をしていた時のように近しい仲にはなれていない。夫婦となっても、エリオットにとって所詮私は他人だからだろう。そんなところは少しだけ寂しく、そんな関係でしかないため、なかなか本が欲しいとは言い出せないのだ。
言わずとも用意してくれた毛糸やレース糸で、新たな物を作り出したり、ミランダから定期的に送られてくる手紙が私の楽しみである。そしてある日を境にミランダからの手紙には、何回かに一度、ライボルトからのものも含まれるようになった。初めにミランダの選んだ桃色の封筒に、見覚えのある便せんが混じっていたのは、吹く風に花の香りが纏う季節のことだった。
リーゼロット=ペシャワール様と婚約を結んだ――とのその知らせだった。
ついにライボルトの新たな婚約者が決まったのかと嬉しくなり、そしてそのお相手があのリーゼロット様だと言うことに驚いた。だが私の驚きはそれだけには止まらなかった。
あの……あの、ライボルトが自らペシャワールに婚約を申し出たと言うのだ。
きっかけはペシャワールの屋敷の一部を占める、驚くべきほどの蔵書数であったらしいが、リーゼロット様の知識にも惹かれたらしい。
学園在籍中もリーゼロット様は王子の婚姻候補者として誰よりも努力をし、学生の見本たれといつだって気を張って行動して、そして勉学に励んだ。それはペシャワール家に生まれた者としての矜持がそうさせていたのだろう。私がハリンストンの娘としてのプライドと役割があるように彼女にもそれがあった。そんなリーゼロット様は元々文学に興味があったらしく、特に文学の勉強を熱心に行っていた。だからこそライボルトと話があったのだろう。
ライボルトからその知らせが来るまでの間、一度だってリーゼロット様が夜会やお茶会に参加したという話は聞かなかった。ショックで未だ塞ぎ込んでいるのだろうと心配はしていたのだ。だが彼女の様子を確かめる術などなく、それは思うだけに留まっていた。
なぜライボルトがペシャワール家に、リーゼロット様の元に訪れることになったかは知らないが、ハイゲンシュタイン家次期当主から熱心にアプローチをされ、好条件のその誘いにペシャワール家も乗ったのだろう――そう思っていた。
けれど違ったのだ。ライボルトがリーゼロット様に惹かれたように、彼女もまたライボルトに惹かれたのだ。そのことを知ったのはリーゼロット様の誘いを受けて、ペシャワール家にお邪魔した時のことだった。
「父からユタリア様とエリオット=ブラントン様の結婚を聞きまして、私も前に進まなくてはと思いましたの。そんな時、ライボルト様と出会いましたの。『家族にならないか』との言葉に胸を打たれましたわ。きっと私は、ユグラド王子やクシャーラ様のように相手に恋することは出来ません。けれど……ライボルト様のような素敵なお方と家族になれることを誇らしく思いますわ」
リーゼロット様はいつだって責任感から固まってしまっていた表情筋を緩めて、桃色に染まった優しい顔で私に打ち明けてくれた。
長い間、共に王子の婚姻者候補を勤め上げていたからだろう。こうして彼女の背中を押すキッカケとなったことを喜ばしく思えた。
そして何より、大事な従兄弟にも家族になりたいと思えるような女性が出来たことにホッと息を吐いた。自分でも気づかないうちに、ライボルトとの婚約を断ってしまったことを気にしていたのだろう。けれどリーゼロット様となら、誰よりも貴族としての誇りを持ち、そして本を慈しんでくれる女性なら、私よりもいい夫婦になれることだろう。
私とライボルト、リーゼロット様のたった3人ぽっちのお茶会を機に、リーゼロット様は少しずつ夜会やお茶会に顔を出すようになった。
そして瞬く間に彼女の噂は社交界に広がった。
リーゼロット様は以前よりもよく笑うようになった――と。
『社交界の赤薔薇』は一度そのツボミを閉じてしまった。だがトゲを落とし、一層美しく咲き誇るようになった。
そしてその隣に寄り添うのは、婚約者に逃げられた私の従兄弟様である。