「ユタリア、久しぶりだな!」
「いらっしゃい、ライボルト」
 実に6年ぶりとなるライボルトとの抱擁は、会えなかった月日の長さを感じるにはちょうど良かった。もっと早くこうして会っていれば良かったのだが、なにぶん、その場の勢いだけで絶交の手紙をしたためただけあって、こちらからは会いにくかったのだ。
 もちろん同じ国に住んでいて、私もライボルトも貴族としての役割果たしている以上は、顔を合わせないなんてことは出来ず、数ヶ月に一度は夜会で叔父様によく似たその顔を見つけていた。叔父様は、お父様とは違ってキリッとした、射抜くような瞳が特徴的で、けれど中身は見た目と反してとても優しい方だ。まぁそれは身内に対してだけなのだが……。そんなところもライボルトは引き継いでいるらしく、私が一方的に絶交を言い渡したことなど忘れているように、強く私を抱きしめた。
「ユタリア、俺はずっとこの日を待ち望んでいた」
 ライボルトの親愛に応えるべく、私も彼の背中で腕を交差させる。
「ライボルト……」
 まるで何年ぶりかに顔を合わせた兄妹のように熱い視線を交わすと、彼は急に背中に回していたはずの手で私の肩をガッと掴む。
「ユタリア、俺のオススメの本を読んでくれ!」
 そしてその一言で、ああライボルトはこういう男だったなと感動が一気に離散していく。よくよく見れば彼の後ろに控えた使用人達の腕にはどっしりと本が乗っていた。
 だがそんなところは何とも私の知っているライボルトらしい。
 感動とともにどこかへと消えていってくれた身体の強張りに、やっと自分が緊張していたことに気づいた。従兄弟とはいえ、結婚するかもしれない相手なのだと、これで見極めなければと肩に余計な力がこもっていたのだろう。
 ライボルトはこんなにも昔と変わらずに接してくれているのに、本当に……我ながらバカらしい。
「相変わらずね、ライボルト」
「そう簡単に人は変わらないし、変われない。変わる必要性も感じなかったし、な。それよりも早く読んでくれ! ユラ宛にユタリアから送られてくる感想が羨ましくて、羨ましくて、ついに俺はロマンス小説にまで手を出し始めたんだぞ!」
「え、本当に!?」
「ああ。登場人物の心情に全く共感できないが、ユラのコレクションの三分の一ほどは読破した」
「それは……致命的じゃないかしら」
「ああ。だがそれでもユタリアと感想を交わし会えるほどには読み込んだ。だからユタリアもこの本を読んで、互いに感想を交わし合おうじゃないか!!」
 一つ訂正しよう。ライボルトは変わった。昔はここまで熱い男ではなかったはすである。おそらく変わってしまったのは数年間、孤独に読書を続けていたせいだろう。元々誰かと共感したいタイプではあった彼にとってそれは苦痛だったのだろう。それこそ絶対に手を伸ばすはずがないと豪語していたジャンルに手を伸ばし、大量のユラコレクションの一部を読破してしまうほどには。つまりこうなった理由は私にある。責任、取らないとよねぇ……。あまりの多さに思わず苦笑いを浮かべてしまう。けれど本が理由で離れたのならば、その距離は本で詰めよう! なんて何とも私達らしい仲直りの方法だと思ってしまうのだ。
「さすがに今日中にこの量は読めないわよ?」
「別に今日でなくても構わない。ただ俺は、ユタリアの感想が聞きたい。お前は俺の大事な読書仲間だからな! というわけで用は済んだし、俺はもう帰る」
「え、もう?」
「ああ。俺はこれから城下町の本屋で新しい本を探索しなきゃならないからな!」
「それは大事な予定ね!」
「だろ? ……ということで、結婚するにしてもしないにしても、その本の感想は送れよ?」
「わかったわよ」
「それでもし結婚することになったら、その時は夜な夜な愛を語り合おうな!」
「……そんなにオススメの本、たまってるの?」
「何をいってるんだ、ユタリア。一生読み続けたとしても本は絶えず世の中へと送り出されるんだぞ?」
 そう言って、嵐のように去って行ったライボルトはオススメの本を大量に置いて、感想を要求する代わりに、私の不安要素を全て絡め取っていった。
「これ、一体何冊あるのよ……」
 残された私はライボルト付きの使用人が置いていった本の表紙を撫でながら、久々に読むこととなるライボルトおすすめのファンタジー小説に想いを馳せるのだった。