終わりの時間までに出来る限り食べたいものは食べ尽くしてしまおう! と心に決め、時間が許す限り城下町へと足を運んだ。さすがに全てを食べ切るには時間が足りない。持ち帰り可能な店はチェックをして、後日使用人に買いに行ってもらえるようにお父様に頼み込みもした。
だからメインに巡るのは露店である。
あれだけはその場で食べるからこそ美味しいのだ。雰囲気や出来立てを楽しめるというのも美味しさのエッセンスになっているのだろう。
そして城下町に顔を出す度に、露店巡りにハマったらしいエリオットと分け合ってお菓子を食べる。
――その時間は何よりも幸せだった。
今朝方、お父様からライボルトが明日ハリンストン屋敷を訪れることを告げられた。そして使用人からは針子に頼んだドレスが完成したことも。
城下町に出かけたいとお父様の顔を覗き込むと、そっと頭を撫でてくれた。
「今日で最後になるかもしれないよ」
もちろん私自身も分かっていた。けれどお父様がそう呟いたその念押しのような言葉は私の心に重くのしかかる。
楽しい時間には必ず終わりがつきものなのだ。8年の代償がわずか2ヶ月もない自由な時間――そう言ってしまえば、あまりにも短く儚いもののように思えるだろう。けれど、私にとってその時間は一生忘れられない輝かしい思い出になるのだ。
お父様が最後だからとたくさん入れてくれたお財布を入れ、私は城下町へ、エリオットの元へと旅立つことにした。
楽しかった時間のお礼に、お菓子でも奢ろうと思ったのだ。何だかんだでいつもエリオットは飲み物くらいしか払わせてくれなかったから。
そうだ、以前ベンチから真っ赤な日よけの見えた喫茶店に入ろう。もう露店のお菓子はあらかた食べつくしてしまったから。最後くらいはゆっくりケーキでも、とそう思った。
――けれど、エリオットはその日、城下町には居なかった。代わりにエリオットを探す私に声をかけたのは他の男だ。
「探しても今日、エリオットは来ないぞ」
「え?」
「あんた、いつもエリオットといる女だろ? 俺はリガードっつって、あいつの……まぁ友人みたいなもんなんだけどよ」
「はぁ……」
エリオットの友人だというのは初耳だが、名前は名乗られなくても知っている。この男は、リガード=ブラッド。口は悪いがこの男もまたブラントン家と並ぶ有名な貴族である、ブラッド家の三男だ。学園に在学中からブラッド家の未来の当主として期待されていた長兄と、剣の腕を国王陛下直々に見初められた次兄にコンプレックスを抱いているらしく、夜会はおろか学園にもほとんど顔を出したことがない。
そんな天然記念物のような男ではあるが、一度見たら忘れないほどの美形であるが故にほとんどのご令嬢なら彼を知っているだろう。エリオットがロマンス小説でいうところの、正統派王子様キャラならば、リガード=ブラッドは一匹オオカミの狩人のようなものだ。何度か夜会やお茶会で彼に対するご令嬢方の評価を耳にしたことがある。なんでも美形だが、目つきの悪いところがいいそうだ。リットラー王国の貴族のほとんどが内面はともかくとして、外面は優しげな者が多いため、目新しさもあるのだろう。私もその姿をこの数年で、両手の指で数えきれるほどしか見かけたことはないが、はっきりと覚えていた。
美形の御令息としてではなく、その珍しさから近い将来に幸せを運んできてくれる存在として。
そんな男が一体何の用だと顔を上げると、リガードは都合が悪いことでも起きたのか、途端に顔を歪める。
「あんた、エリオットに好意を持ってるならさっさと諦めろ。あいつには……好きな女がいる。あんたよりもずっと身分の高い女だ。初対面でこんなことを言うのは酷だが、あんたじゃ絶対に敵わねえ」
「はぁ……
「なんだよ、その気の抜けたような返事は!?」
「いや、その、私を心配してくれているのかと思いまして。驚きました」
ユタリア=ハリンストンとしては何度か会った、というよりも見かけたことはある。だがいつだって機嫌が悪そうに顔をしかめている彼が、まさか初対面(だと思っている)女の気を使えるような人だとは思わなかった。こんな嫌われ役みたいなのを自ら買って出るとは……。私の中のリガード=ブラッドの好感度は元からそんなに高くなかったこともあり、絶賛うなぎ登りである。
「あんた……変わった女だな」
「よく言われます」
家族限定ではあるが。だが変わっているからと言ってもそれを気に病んだことはない。貴族なんて多少なりとも変わり者でなければやっていけないのだ。
「顔は似てても性格まで同じとは限らねぇか……」
「え?」
それは誰と比べてなのだろう?
そう、尋ねるよりも早くリガードは「ああ、まぁ、なんだ……」と言葉を探すように頭を掻いて、結論を導き出す。
「まぁ何はともかく、エリオットは止めとけ」
私はリガード=ブラットという男をどうやら誤解していたらしい。困ったように目を細める彼はどっからどう見ても『いい人』である。身内や友人でもない相手に利益の見込めない行動を取れる人というのは案外少ない。これを機に彼への評価を改めなければならないなと反省する。けれどそんなリガードは1つだけ大きな勘違いをしている。
それも致命的なものを。
だからメインに巡るのは露店である。
あれだけはその場で食べるからこそ美味しいのだ。雰囲気や出来立てを楽しめるというのも美味しさのエッセンスになっているのだろう。
そして城下町に顔を出す度に、露店巡りにハマったらしいエリオットと分け合ってお菓子を食べる。
――その時間は何よりも幸せだった。
今朝方、お父様からライボルトが明日ハリンストン屋敷を訪れることを告げられた。そして使用人からは針子に頼んだドレスが完成したことも。
城下町に出かけたいとお父様の顔を覗き込むと、そっと頭を撫でてくれた。
「今日で最後になるかもしれないよ」
もちろん私自身も分かっていた。けれどお父様がそう呟いたその念押しのような言葉は私の心に重くのしかかる。
楽しい時間には必ず終わりがつきものなのだ。8年の代償がわずか2ヶ月もない自由な時間――そう言ってしまえば、あまりにも短く儚いもののように思えるだろう。けれど、私にとってその時間は一生忘れられない輝かしい思い出になるのだ。
お父様が最後だからとたくさん入れてくれたお財布を入れ、私は城下町へ、エリオットの元へと旅立つことにした。
楽しかった時間のお礼に、お菓子でも奢ろうと思ったのだ。何だかんだでいつもエリオットは飲み物くらいしか払わせてくれなかったから。
そうだ、以前ベンチから真っ赤な日よけの見えた喫茶店に入ろう。もう露店のお菓子はあらかた食べつくしてしまったから。最後くらいはゆっくりケーキでも、とそう思った。
――けれど、エリオットはその日、城下町には居なかった。代わりにエリオットを探す私に声をかけたのは他の男だ。
「探しても今日、エリオットは来ないぞ」
「え?」
「あんた、いつもエリオットといる女だろ? 俺はリガードっつって、あいつの……まぁ友人みたいなもんなんだけどよ」
「はぁ……」
エリオットの友人だというのは初耳だが、名前は名乗られなくても知っている。この男は、リガード=ブラッド。口は悪いがこの男もまたブラントン家と並ぶ有名な貴族である、ブラッド家の三男だ。学園に在学中からブラッド家の未来の当主として期待されていた長兄と、剣の腕を国王陛下直々に見初められた次兄にコンプレックスを抱いているらしく、夜会はおろか学園にもほとんど顔を出したことがない。
そんな天然記念物のような男ではあるが、一度見たら忘れないほどの美形であるが故にほとんどのご令嬢なら彼を知っているだろう。エリオットがロマンス小説でいうところの、正統派王子様キャラならば、リガード=ブラッドは一匹オオカミの狩人のようなものだ。何度か夜会やお茶会で彼に対するご令嬢方の評価を耳にしたことがある。なんでも美形だが、目つきの悪いところがいいそうだ。リットラー王国の貴族のほとんどが内面はともかくとして、外面は優しげな者が多いため、目新しさもあるのだろう。私もその姿をこの数年で、両手の指で数えきれるほどしか見かけたことはないが、はっきりと覚えていた。
美形の御令息としてではなく、その珍しさから近い将来に幸せを運んできてくれる存在として。
そんな男が一体何の用だと顔を上げると、リガードは都合が悪いことでも起きたのか、途端に顔を歪める。
「あんた、エリオットに好意を持ってるならさっさと諦めろ。あいつには……好きな女がいる。あんたよりもずっと身分の高い女だ。初対面でこんなことを言うのは酷だが、あんたじゃ絶対に敵わねえ」
「はぁ……
「なんだよ、その気の抜けたような返事は!?」
「いや、その、私を心配してくれているのかと思いまして。驚きました」
ユタリア=ハリンストンとしては何度か会った、というよりも見かけたことはある。だがいつだって機嫌が悪そうに顔をしかめている彼が、まさか初対面(だと思っている)女の気を使えるような人だとは思わなかった。こんな嫌われ役みたいなのを自ら買って出るとは……。私の中のリガード=ブラッドの好感度は元からそんなに高くなかったこともあり、絶賛うなぎ登りである。
「あんた……変わった女だな」
「よく言われます」
家族限定ではあるが。だが変わっているからと言ってもそれを気に病んだことはない。貴族なんて多少なりとも変わり者でなければやっていけないのだ。
「顔は似てても性格まで同じとは限らねぇか……」
「え?」
それは誰と比べてなのだろう?
そう、尋ねるよりも早くリガードは「ああ、まぁ、なんだ……」と言葉を探すように頭を掻いて、結論を導き出す。
「まぁ何はともかく、エリオットは止めとけ」
私はリガード=ブラットという男をどうやら誤解していたらしい。困ったように目を細める彼はどっからどう見ても『いい人』である。身内や友人でもない相手に利益の見込めない行動を取れる人というのは案外少ない。これを機に彼への評価を改めなければならないなと反省する。けれどそんなリガードは1つだけ大きな勘違いをしている。
それも致命的なものを。