今日はいよいよ王家主催の夜会が行われる。
結局あれからお義父様とラウス様は一度も屋敷に帰って来ることはなく、今日も城で合流する予定らしい。
昼を過ぎた頃から使用人さん達にドレスを着させてもらい、それからこの地味顔を隠すべく、ジッと椅子の上で身を固めてメイクを施してもらった。そして最後にお義母様の見立てのアクセサリーを胸元へと飾る。
「よし、かわいいわ!」
私の完成形を近くや遠くからと場所を変えて眺めるお義母様は最後に力強く頷くと、周りの使用人さん達もそれに呼応した。
全面鏡を前に用意された私は、目の前の誰だかよく分からなくなった鏡の中の私と対峙する。本当にこれが私なのかと手を振ってみると、鏡の中の私はそれに振り返す。
こうして私はメイクとは人を変えるものだと改めて実感したのだった。
それから別室で待機していたサキヌと合流し、お屋敷にお留守番となったアンジェリカとグスタフに見送られながらカリバーン屋敷を後にした。
お城に行くのと、久しぶりにラウス様と顔を合わせる緊張感が相まって私の意識は早くも何かに侵食されそうになる。私は頭の中で何度もこれは仕事、これは仕事なんだと言い聞かせ、何とか意識を取り戻す。さすがにそう何度も緊張に意識を支配される訳にはいかないのだ。
「義姉さん、大丈夫だよ。俺もお母様もいるから」
そして何より今日はサキヌとお義母様も一緒なのだ。食事マナーは立食式であるらしいから一切手をつけなければ問題ないとして、挨拶は合流するラウス様の迷惑とならないよう、最低限の会話で留めておくことを心に誓う。そして絶対に醜態を晒すわけにはいかないと気を引き締めて、グスタフを観客に迎えて行ったダンスレッスンを思い出す。
よし、最難関のステップはもう問題ない。
確認するだけで楽になった心を抱え、いざ久しぶりの上位貴族の社交界へ!――と踏み出したのだが、さすが上級貴族の妻の位置にいるだけあって、周りの人は優しかった。そしてダンスステップを披露する場はなかった。
私はただ合流したラウス様とお義父様を加えた4人と共に行動を共にし、時折振られる話題に愛想よく相槌を打つだけで良かった。
「モリア、実はもう1人紹介したい人がいるんだ」
ラウス様がそう切り出すといよいよ私の恐れていた、ラウス様と2人っきりになる時間が出来てしまった。
「はい……」
「そう怖がらなくても大丈夫だ」
この時が来てしまったかと身を強張らせている私を、ラウス様はこれから会う人に緊張しているのだと勘違いをしてくれたようだった。
賑わう会場から遠ざかり、休憩室として設けられている部屋の一室に入るとそこには爽やかな笑みを浮かべるダイナス様と、機嫌が悪そうな見知らぬ肉食系のご令嬢が腕組みをして私達を待ち構えていた。
ご令嬢はズンズンと私の元へと近づくとその腕を緩めることなく、その態度とは対照的な弱々しい声を出した。
「その……あの時は、悪かったわね」――と。
あの時と言われたところで何が何だかわからない私は「はぁ……」と力の抜けたような声で返事をしてしまう。
「と、とにかく私は謝りましたからね! ダイナス、これでいいのでしょう?」
言質は取ったとばかりにご令嬢が振り返るとそこにはジトッとした目でご令嬢を見つめるダイナス様の姿があった。
「そういう態度はダメだろう。ごめんな、モリアちゃん。ミリアールも悪気はないんだ。許してやってくれ」
「はぁ……」
「あの時といい、今といい、何で怒らないのよ!」
おそらくは彼女がダイナス様の婚約者なのだろう。ミリアール様と言うらしい。そして彼女があの時と指すのはおそらく私のデビュタントの夜のこと。だが彼女が指す女性もおそらく、私ではないのだ。
「えっと……怒られたいんですか?」
「そ、そうじゃないけど。でも……その……」
「こいつこんなんだから怯えるやつはいても心の底から気にかけてくれる人なんていなかったからな。モリアちゃん、良かったらこいつと友達になってやってくれない?」
「はぁ? なんで私がこんな下級貴族上がりの娘なんかと友達にならなくちゃいけないんですの!?」
「ミリアール、お前な……。大体お前が話しかけたいっていうからわざわざ……」
「それは、あなたが謝れってうるさいからでしょう?」
「お前だってずっと気にしてただろう! あれからモリアちゃんが招待されたって噂があるところにはひたすら俺を引っ張っていったじゃないか」
「ラウスからも頼まれていたじゃない!」
なぜか2人は私を挟んで口喧嘩を始めると、その熱は収まることを知らずに燃え上がる一方である。いつものことなのかラウス様も2人を止める様子はない。
それにしても私、邪魔じゃないかしら?
休憩室とはいえ、誰かに運び込まれたらしい食事が手を伸ばせばすぐの距離に並んでいる。目の前にこんなに美味しそうなご飯が並んでるというのに食べれない、いわばこの状況は生殺し……。
「モリア、大丈夫か?」
「ええ」
ラウス様に手を引かれる形で2人の間から抜け出した私は普通にラウス様と話すことが出来た。先ほどまでの緊張はこの2人に囲まれたことで吹き飛んでしまったらしい。
「モリアさん!」
「はい!」
突然投げ渡された言葉を慌てて受け取るとミリアール様は私を見下ろしながら宣言した。
「あなたがどうしてもって言うならお友達になってあげてもいいですけど?」
「はぁ……」
「何です、その態度は! いい? この私がお友達になってあげるのよ! ありがたく思いなさい!!」
一方的にお友達宣言をされた私は恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女もまた勘違いしているんだろうな……と思わずにはいられなかった。
「とにかくもう用事は済んだし、帰るわよダイナス」
「もうちょっとゆっくりすればいいものを……」
ツカツカと帰りの道を歩み始めたミリアール様に続くようにしてダイナス様も「じゃあ、またね」と言い残し部屋を去った。
それから行きと同じようにラウス様に連れられてお義母様のところへと帰ると、事情を知っていたらしい彼らはニコニコと笑っていた。
「ミリアールはうまく言えたのかしら?」
「ああ」
「それは良かったわねぇ」
周りの招待客に聞こえないように小声で話し合ってから、これからも仕事があるのだというお義父様とラウス様に別れを告げた。
「明日、は難しいかもしれないが明後日には帰れると思うから」
別れを惜しむ2人に見送られながら、サキヌとお義母様と共に私達は会場を後にした。ビシッと背筋を伸ばしながら2人に続いて歩く。顔には出すことはないが、私の心の中では罪悪感から鬱々とした気持ちが渦巻いていた。
早く私が言い出さなければ、間違えを正さなければいけない。
ラウス様がお帰りになるのは明後日、そこまでに何とか説得方法を見つけられないだろうか?
するとその想いは神様にでも通じたのか、それとも私に罪を重ねろとの悪魔の誘惑か、私の視界の端を掠めたのは一人の少女だった。私に馴染みの深い顔を持つその少女は近くの馬車へと姿を消した。
間違いない、彼女こそが本物だ。
去ろうとする馬車に必死で手を伸ばそうと駆け出す。だがその捜索の手はあえなく阻まれることになった。
「どうしたの、義姉さん?」
心配したように顔を覗き込んでくれたサキヌ。
「今……」
彼にそう言おうとして口を噤む。彼らは私が偽物だと知ったら悲しむだろうと頭によぎったのだ。そしてここは自分が見つけ出して、速やかにラウスの元へと連れて行くべきではないかと考え直す。
捕まえられはしなかったものの、彼女が乗って行った馬車の家紋はしっかりと瞼に焼き付いている。
これは説得の絶好の材料になるだろう。お屋敷に帰ったら家紋名鑑を借りて探してみよう。
結局あれからお義父様とラウス様は一度も屋敷に帰って来ることはなく、今日も城で合流する予定らしい。
昼を過ぎた頃から使用人さん達にドレスを着させてもらい、それからこの地味顔を隠すべく、ジッと椅子の上で身を固めてメイクを施してもらった。そして最後にお義母様の見立てのアクセサリーを胸元へと飾る。
「よし、かわいいわ!」
私の完成形を近くや遠くからと場所を変えて眺めるお義母様は最後に力強く頷くと、周りの使用人さん達もそれに呼応した。
全面鏡を前に用意された私は、目の前の誰だかよく分からなくなった鏡の中の私と対峙する。本当にこれが私なのかと手を振ってみると、鏡の中の私はそれに振り返す。
こうして私はメイクとは人を変えるものだと改めて実感したのだった。
それから別室で待機していたサキヌと合流し、お屋敷にお留守番となったアンジェリカとグスタフに見送られながらカリバーン屋敷を後にした。
お城に行くのと、久しぶりにラウス様と顔を合わせる緊張感が相まって私の意識は早くも何かに侵食されそうになる。私は頭の中で何度もこれは仕事、これは仕事なんだと言い聞かせ、何とか意識を取り戻す。さすがにそう何度も緊張に意識を支配される訳にはいかないのだ。
「義姉さん、大丈夫だよ。俺もお母様もいるから」
そして何より今日はサキヌとお義母様も一緒なのだ。食事マナーは立食式であるらしいから一切手をつけなければ問題ないとして、挨拶は合流するラウス様の迷惑とならないよう、最低限の会話で留めておくことを心に誓う。そして絶対に醜態を晒すわけにはいかないと気を引き締めて、グスタフを観客に迎えて行ったダンスレッスンを思い出す。
よし、最難関のステップはもう問題ない。
確認するだけで楽になった心を抱え、いざ久しぶりの上位貴族の社交界へ!――と踏み出したのだが、さすが上級貴族の妻の位置にいるだけあって、周りの人は優しかった。そしてダンスステップを披露する場はなかった。
私はただ合流したラウス様とお義父様を加えた4人と共に行動を共にし、時折振られる話題に愛想よく相槌を打つだけで良かった。
「モリア、実はもう1人紹介したい人がいるんだ」
ラウス様がそう切り出すといよいよ私の恐れていた、ラウス様と2人っきりになる時間が出来てしまった。
「はい……」
「そう怖がらなくても大丈夫だ」
この時が来てしまったかと身を強張らせている私を、ラウス様はこれから会う人に緊張しているのだと勘違いをしてくれたようだった。
賑わう会場から遠ざかり、休憩室として設けられている部屋の一室に入るとそこには爽やかな笑みを浮かべるダイナス様と、機嫌が悪そうな見知らぬ肉食系のご令嬢が腕組みをして私達を待ち構えていた。
ご令嬢はズンズンと私の元へと近づくとその腕を緩めることなく、その態度とは対照的な弱々しい声を出した。
「その……あの時は、悪かったわね」――と。
あの時と言われたところで何が何だかわからない私は「はぁ……」と力の抜けたような声で返事をしてしまう。
「と、とにかく私は謝りましたからね! ダイナス、これでいいのでしょう?」
言質は取ったとばかりにご令嬢が振り返るとそこにはジトッとした目でご令嬢を見つめるダイナス様の姿があった。
「そういう態度はダメだろう。ごめんな、モリアちゃん。ミリアールも悪気はないんだ。許してやってくれ」
「はぁ……」
「あの時といい、今といい、何で怒らないのよ!」
おそらくは彼女がダイナス様の婚約者なのだろう。ミリアール様と言うらしい。そして彼女があの時と指すのはおそらく私のデビュタントの夜のこと。だが彼女が指す女性もおそらく、私ではないのだ。
「えっと……怒られたいんですか?」
「そ、そうじゃないけど。でも……その……」
「こいつこんなんだから怯えるやつはいても心の底から気にかけてくれる人なんていなかったからな。モリアちゃん、良かったらこいつと友達になってやってくれない?」
「はぁ? なんで私がこんな下級貴族上がりの娘なんかと友達にならなくちゃいけないんですの!?」
「ミリアール、お前な……。大体お前が話しかけたいっていうからわざわざ……」
「それは、あなたが謝れってうるさいからでしょう?」
「お前だってずっと気にしてただろう! あれからモリアちゃんが招待されたって噂があるところにはひたすら俺を引っ張っていったじゃないか」
「ラウスからも頼まれていたじゃない!」
なぜか2人は私を挟んで口喧嘩を始めると、その熱は収まることを知らずに燃え上がる一方である。いつものことなのかラウス様も2人を止める様子はない。
それにしても私、邪魔じゃないかしら?
休憩室とはいえ、誰かに運び込まれたらしい食事が手を伸ばせばすぐの距離に並んでいる。目の前にこんなに美味しそうなご飯が並んでるというのに食べれない、いわばこの状況は生殺し……。
「モリア、大丈夫か?」
「ええ」
ラウス様に手を引かれる形で2人の間から抜け出した私は普通にラウス様と話すことが出来た。先ほどまでの緊張はこの2人に囲まれたことで吹き飛んでしまったらしい。
「モリアさん!」
「はい!」
突然投げ渡された言葉を慌てて受け取るとミリアール様は私を見下ろしながら宣言した。
「あなたがどうしてもって言うならお友達になってあげてもいいですけど?」
「はぁ……」
「何です、その態度は! いい? この私がお友達になってあげるのよ! ありがたく思いなさい!!」
一方的にお友達宣言をされた私は恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女もまた勘違いしているんだろうな……と思わずにはいられなかった。
「とにかくもう用事は済んだし、帰るわよダイナス」
「もうちょっとゆっくりすればいいものを……」
ツカツカと帰りの道を歩み始めたミリアール様に続くようにしてダイナス様も「じゃあ、またね」と言い残し部屋を去った。
それから行きと同じようにラウス様に連れられてお義母様のところへと帰ると、事情を知っていたらしい彼らはニコニコと笑っていた。
「ミリアールはうまく言えたのかしら?」
「ああ」
「それは良かったわねぇ」
周りの招待客に聞こえないように小声で話し合ってから、これからも仕事があるのだというお義父様とラウス様に別れを告げた。
「明日、は難しいかもしれないが明後日には帰れると思うから」
別れを惜しむ2人に見送られながら、サキヌとお義母様と共に私達は会場を後にした。ビシッと背筋を伸ばしながら2人に続いて歩く。顔には出すことはないが、私の心の中では罪悪感から鬱々とした気持ちが渦巻いていた。
早く私が言い出さなければ、間違えを正さなければいけない。
ラウス様がお帰りになるのは明後日、そこまでに何とか説得方法を見つけられないだろうか?
するとその想いは神様にでも通じたのか、それとも私に罪を重ねろとの悪魔の誘惑か、私の視界の端を掠めたのは一人の少女だった。私に馴染みの深い顔を持つその少女は近くの馬車へと姿を消した。
間違いない、彼女こそが本物だ。
去ろうとする馬車に必死で手を伸ばそうと駆け出す。だがその捜索の手はあえなく阻まれることになった。
「どうしたの、義姉さん?」
心配したように顔を覗き込んでくれたサキヌ。
「今……」
彼にそう言おうとして口を噤む。彼らは私が偽物だと知ったら悲しむだろうと頭によぎったのだ。そしてここは自分が見つけ出して、速やかにラウスの元へと連れて行くべきではないかと考え直す。
捕まえられはしなかったものの、彼女が乗って行った馬車の家紋はしっかりと瞼に焼き付いている。
これは説得の絶好の材料になるだろう。お屋敷に帰ったら家紋名鑑を借りて探してみよう。