「偶然ね!」
これはすごい偶然だと両手を合わせて喜んでいると、シャロン様から指摘が入る。
「偶然じゃないわよ。あの日、うちの使用人があなたの元へとエリザを連れて行ったんですもの」
「えっと……エリザはうちのグスタフと面識があったのですか?」
「いいえ。エリザがあなたの元へと向かったのはこの子にあなたを見極めてもらうためよ」
「へ?」
「モリアさん、愛猫が亡くなったからって私の招待断ったでしょう?」
「その節は大変申し訳なく……「そんなことはどうでもいいのよ。家族が亡くなったのに無理に来ることなんかないわ」
私の謝罪を途中で遮ったシャロン様はグスタフを私の家族だと認めてくれた。彼女にとってここにいるネコ達みんな、家族なのだろう。だが『見極め』という言葉がひっかかる。
しかもこの歓迎具合から察するに私は見事にそれに合格しているのだから余計に。
「花を送らせてもらった時に、帰ってきた使用人からあなたの話を聞いたわ。とても大事な家族が亡くなったようには見えないって。元々、モリアさんを招待したのは、ラウスが惚れたっていう子の見極めのためだったから、来られないならば直接エリザに見に行って貰えばいいと思ったの。人を見る目は一等品のエリザが認めなかったといえばラウスだって諦めざるを得ないもの。きっとエリザはあなたの手に傷でも残して来ると思った。……けれどエリザはその反対、あなたによく懐いていたって聞いた時は驚いたわ。そしてあなたの弔い方は私と異なるだけで、その子への愛は変わらないことも」
シャロン様はエリザを抱きかかえると彼女の頭を愛おしそうに撫で、そして私の目を見据えた。
「だから私はあなたを歓迎するわ。ラウスじゃないけど、私もあなたの人柄に惚れたの」
「シャロン様……」
「もちろんこの子達もあなたのこと、気に入ったみたいだから、これからは遠慮なく遊びに来てくれると嬉しいわ!」
「はい!」
それから私が動く度、後ろの集団も動き出すようになった。どうやらよほど気に入っていただけたらしい。しゃがみこんですっかり愛おしく思えた彼らの顔を眺めていると、その中で一匹、明らかに見覚えのあるネコと目があった。
甘やかされ続けた印の丸々とした身体も、どこか眠そうな目も、白い毛の上に点々とある黒いブチも、数年前に満足気にこの世を去ったはずのグスタフとそっくりなのだ。
その猫の方も私の顔を見るや否や鳴き声をあげた。
「ぶにぁ」
その鳴き声に堪えきれず、私は彼へと手を伸ばした。
「グスタフ!」
「ぶにぁ、にゃぁにゃぁ」
「グスタフ、グスタフ!」
まん丸い身体に頬ずりをしても私の腕の中から彼が逃げ出すことはない。
昔のように、仕方がないなとふてぶてしい顔で私を見下ろすのだ。
彼の死は仕方のないもので、私にはどうしようもなく抗えないものだった。満足気な顔を最期に浮かべるのも彼らしいと、むしろよくここまで生きてくれたと気持ちに区切りはつけていた。
だがもう一度会えるなら、会えたのならその感動を身体全身で表してしまうのは仕方のないことだろう。
「モリアさん……とその子は誰かしら? 見覚えがないわね」
「シャロン様のお屋敷の子ではないんですか?」
一度落ち着いて、シャロン様にこの子の顔がよく見えるように重い身体をずいっと差し出す。するとシャロン様は首を傾げ、そしてグスタフにソックリなこの子はふんと鼻を鳴らした。
「ダイナス! ダイナスはいないの? 早く来てちょうだい」
シャロン様は階段に向かって大きな声を上げる。するとすぐにその階段を一人の男性が駆け下りて来た。
ダイナス=レトッド様である。
あのかの有名な、そしてラウス様の従兄弟でもある彼は夜会の時のイメージとは打って変わって、顔立ちがいいことを除けば後はどこにでもいるような服装や体つきをした青年だった。
確かに以前ラウス様から彼は噂になっているような人物ではないと聞いたが、それにしても目の前の青年が本当にあのダイナス様なのかと我が目を疑っていた。しかしその青年の口から出た声は間違いなくダイナス=レトッド様、その人の声だった。
「何、母さん」
「ダイナス、あなたはこの子のこと、知っている? 私には見覚えがなくって……」
戸惑いながらも私は先ほどそうしたようにずいっと腕の中の子の顔を近づける。するとやはりダイナス様もシャロン様と同じように首を傾げた。
そして「知らないな。うちの子じゃないんじゃないかな……」と指でアゴを撫でた。
「あの!」
グスタフに似た子を抱く力を強め、考え込む仕草の2人に私はある相談を持ちかける。
「この子を、譲ってはいただけませんか! 一緒に暮らしたいんです……」
そう言ってから、私の今の家はサンドレア家ではないことに気づく。思いつきで行動してしまったことせいか今さらながら背中に緊張の汗が伝う。
「あら、可愛い」
「モッチモッチですわね!」
その汗で濡れた背中からヒョッコリと顔を出したのはお義母様とアンジェリカ。私の腕の中で大人しくしているグスタフに似たこの子のまん丸としたお腹をツンツンと突いては2人揃って楽しそうに頬を緩めている。
「いいわよ。その子、随分モリアさんにご執心のようだし。あなたも、うちで暮らすよりモリアさんと一緒にいたいのよね?」
シャロン様に顔を覗き込まれた彼は「ぶにぁ」と声を上げた。
これはすごい偶然だと両手を合わせて喜んでいると、シャロン様から指摘が入る。
「偶然じゃないわよ。あの日、うちの使用人があなたの元へとエリザを連れて行ったんですもの」
「えっと……エリザはうちのグスタフと面識があったのですか?」
「いいえ。エリザがあなたの元へと向かったのはこの子にあなたを見極めてもらうためよ」
「へ?」
「モリアさん、愛猫が亡くなったからって私の招待断ったでしょう?」
「その節は大変申し訳なく……「そんなことはどうでもいいのよ。家族が亡くなったのに無理に来ることなんかないわ」
私の謝罪を途中で遮ったシャロン様はグスタフを私の家族だと認めてくれた。彼女にとってここにいるネコ達みんな、家族なのだろう。だが『見極め』という言葉がひっかかる。
しかもこの歓迎具合から察するに私は見事にそれに合格しているのだから余計に。
「花を送らせてもらった時に、帰ってきた使用人からあなたの話を聞いたわ。とても大事な家族が亡くなったようには見えないって。元々、モリアさんを招待したのは、ラウスが惚れたっていう子の見極めのためだったから、来られないならば直接エリザに見に行って貰えばいいと思ったの。人を見る目は一等品のエリザが認めなかったといえばラウスだって諦めざるを得ないもの。きっとエリザはあなたの手に傷でも残して来ると思った。……けれどエリザはその反対、あなたによく懐いていたって聞いた時は驚いたわ。そしてあなたの弔い方は私と異なるだけで、その子への愛は変わらないことも」
シャロン様はエリザを抱きかかえると彼女の頭を愛おしそうに撫で、そして私の目を見据えた。
「だから私はあなたを歓迎するわ。ラウスじゃないけど、私もあなたの人柄に惚れたの」
「シャロン様……」
「もちろんこの子達もあなたのこと、気に入ったみたいだから、これからは遠慮なく遊びに来てくれると嬉しいわ!」
「はい!」
それから私が動く度、後ろの集団も動き出すようになった。どうやらよほど気に入っていただけたらしい。しゃがみこんですっかり愛おしく思えた彼らの顔を眺めていると、その中で一匹、明らかに見覚えのあるネコと目があった。
甘やかされ続けた印の丸々とした身体も、どこか眠そうな目も、白い毛の上に点々とある黒いブチも、数年前に満足気にこの世を去ったはずのグスタフとそっくりなのだ。
その猫の方も私の顔を見るや否や鳴き声をあげた。
「ぶにぁ」
その鳴き声に堪えきれず、私は彼へと手を伸ばした。
「グスタフ!」
「ぶにぁ、にゃぁにゃぁ」
「グスタフ、グスタフ!」
まん丸い身体に頬ずりをしても私の腕の中から彼が逃げ出すことはない。
昔のように、仕方がないなとふてぶてしい顔で私を見下ろすのだ。
彼の死は仕方のないもので、私にはどうしようもなく抗えないものだった。満足気な顔を最期に浮かべるのも彼らしいと、むしろよくここまで生きてくれたと気持ちに区切りはつけていた。
だがもう一度会えるなら、会えたのならその感動を身体全身で表してしまうのは仕方のないことだろう。
「モリアさん……とその子は誰かしら? 見覚えがないわね」
「シャロン様のお屋敷の子ではないんですか?」
一度落ち着いて、シャロン様にこの子の顔がよく見えるように重い身体をずいっと差し出す。するとシャロン様は首を傾げ、そしてグスタフにソックリなこの子はふんと鼻を鳴らした。
「ダイナス! ダイナスはいないの? 早く来てちょうだい」
シャロン様は階段に向かって大きな声を上げる。するとすぐにその階段を一人の男性が駆け下りて来た。
ダイナス=レトッド様である。
あのかの有名な、そしてラウス様の従兄弟でもある彼は夜会の時のイメージとは打って変わって、顔立ちがいいことを除けば後はどこにでもいるような服装や体つきをした青年だった。
確かに以前ラウス様から彼は噂になっているような人物ではないと聞いたが、それにしても目の前の青年が本当にあのダイナス様なのかと我が目を疑っていた。しかしその青年の口から出た声は間違いなくダイナス=レトッド様、その人の声だった。
「何、母さん」
「ダイナス、あなたはこの子のこと、知っている? 私には見覚えがなくって……」
戸惑いながらも私は先ほどそうしたようにずいっと腕の中の子の顔を近づける。するとやはりダイナス様もシャロン様と同じように首を傾げた。
そして「知らないな。うちの子じゃないんじゃないかな……」と指でアゴを撫でた。
「あの!」
グスタフに似た子を抱く力を強め、考え込む仕草の2人に私はある相談を持ちかける。
「この子を、譲ってはいただけませんか! 一緒に暮らしたいんです……」
そう言ってから、私の今の家はサンドレア家ではないことに気づく。思いつきで行動してしまったことせいか今さらながら背中に緊張の汗が伝う。
「あら、可愛い」
「モッチモッチですわね!」
その汗で濡れた背中からヒョッコリと顔を出したのはお義母様とアンジェリカ。私の腕の中で大人しくしているグスタフに似たこの子のまん丸としたお腹をツンツンと突いては2人揃って楽しそうに頬を緩めている。
「いいわよ。その子、随分モリアさんにご執心のようだし。あなたも、うちで暮らすよりモリアさんと一緒にいたいのよね?」
シャロン様に顔を覗き込まれた彼は「ぶにぁ」と声を上げた。