紅色の少年はその場にいる使用人達をその場から退けさせるとドアの目の前で部屋の中から出てくる様子のないアンジェリカを怒鳴りつけた。
「この私が直々に足を運んだというのに部屋に引きこもっているとは何事か!」
少年の態度の大きさと周りの使用人の対応からして彼がアンジェリカからハンカチを取り上げたのだというマクベス王子で間違いはないだろう。
彼の声が届いたのか初めこそ閉ざされていたドアがゆっくりと開いた。するとマクベス王子の表情は次第に和らいで行き、そして緩んだ口からは不貞腐れたような言葉が漏れる。
「初めから出て来ていればいいものを……」
そう告げる彼は苛立っていたのはアンジェリカの顔が見られなかったせいだと思い切り態度に表してしまっていて、初めてマクベス王子を拝見した私でさえも彼の思いをあらかた把握してしまうほどだった。
大方、ハンカチを取り上げたのも嫉妬か何かだろうと胸のあたりを温かくしてドアの隙間から眺めていた。けれど次の瞬間に私が見たのはマクベス王子とは正反対の、冷え切った表情を浮かべたアンジェリカだった。一瞬、自分の目を疑った。あのアンジェリカもこんな表情を浮かべるのかと。
だが冷え切っているのは表情だけではなかった。
「マクベス王子、私、気分が優れませんの。お構いできず申し訳有りませんが、どうぞ本日はお帰り願えますでしょうか?」
それは明らかなる拒絶を表していた。
「…………また……来る」
それを間近で向けられたマクベス王子の顔は悲しげで、今にも倒れてしまいそうなほどに衝撃を受けていた。心なしかアンジェリカの部屋から遠ざかる歩みさえも揺らいでいるような気さえして見える。辛い身体をドアに寄りかかりながらもマクベス王子の背中を見送るアンジェリカの視線はやはり冷たいもので、彼の背中には未だそれが刺さり続けているのだろう。そう思うと、先ほどほんの少しだけでも彼の気持ちを察してしまった身としては、王子という私よりもうんと身分の上の、けれども歳は私よりも幼いであろう少年が可哀想に見えて仕方がなかった。
「シェード」
王子の背中が見えなくなるとアンジェリカはすぐさまシェードを呼びつける。その場にいた彼はアンジェリカの口元へと耳を寄せる。するとしばらくしてから立ち上がり、そして私の部屋までやってきた。
「モリア様、よろしければアンジェリカ様にお会いしてはいただけませんか?」
「今は体調が悪いんじゃ……」
「あれは機嫌を悪くしていらっしゃるだけなので、モリア様さえよければ」
「ええ、是非」
隙間程度に開いていたドアを大きく開き、冷たい目をしていた少女の元へと大きく歩み進めていく。その顔は以前王子の元を訪ねることを嫌がった少女のものではなく、貴族としての義務を抱えた無機質な表情であった。
けれど私が見たいのはそのどちらでもなく、歳相応の明るい笑顔を浮かべたアンジェリカなのだ。
「アンジェリカ!」
「お義姉様!?」
「アンジェリカ。実はね、アンジェリカのためにもう一つ刺繍してみたの」
私の登場に目を見開いているアンジェリカの前にすかさず刺繍をしたハンカチを差し出す。もう以前のようにお伺いを立てるようなことはしない。
彼女ならもらってくれると信じているからだ。
「今度はチューリップにしてみたの」
先ほどあったことは何も知らないように振る舞ってみれば、次第にアンジェリカの表情は和らいでいく。
「お義姉様……。ありがとうございます!」
ハンカチを嬉しそうに胸に抱えるアンジェリカの顔はまだ私の望むような晴れやかな笑みとは違うけれど、それでもやはりアンジェリカには笑顔が似合う。
こんな風に幼い少女の顔に光を照らせたのならば、私の手先の器用さも捨てたものではないと嬉しく思うのだった。
「この私が直々に足を運んだというのに部屋に引きこもっているとは何事か!」
少年の態度の大きさと周りの使用人の対応からして彼がアンジェリカからハンカチを取り上げたのだというマクベス王子で間違いはないだろう。
彼の声が届いたのか初めこそ閉ざされていたドアがゆっくりと開いた。するとマクベス王子の表情は次第に和らいで行き、そして緩んだ口からは不貞腐れたような言葉が漏れる。
「初めから出て来ていればいいものを……」
そう告げる彼は苛立っていたのはアンジェリカの顔が見られなかったせいだと思い切り態度に表してしまっていて、初めてマクベス王子を拝見した私でさえも彼の思いをあらかた把握してしまうほどだった。
大方、ハンカチを取り上げたのも嫉妬か何かだろうと胸のあたりを温かくしてドアの隙間から眺めていた。けれど次の瞬間に私が見たのはマクベス王子とは正反対の、冷え切った表情を浮かべたアンジェリカだった。一瞬、自分の目を疑った。あのアンジェリカもこんな表情を浮かべるのかと。
だが冷え切っているのは表情だけではなかった。
「マクベス王子、私、気分が優れませんの。お構いできず申し訳有りませんが、どうぞ本日はお帰り願えますでしょうか?」
それは明らかなる拒絶を表していた。
「…………また……来る」
それを間近で向けられたマクベス王子の顔は悲しげで、今にも倒れてしまいそうなほどに衝撃を受けていた。心なしかアンジェリカの部屋から遠ざかる歩みさえも揺らいでいるような気さえして見える。辛い身体をドアに寄りかかりながらもマクベス王子の背中を見送るアンジェリカの視線はやはり冷たいもので、彼の背中には未だそれが刺さり続けているのだろう。そう思うと、先ほどほんの少しだけでも彼の気持ちを察してしまった身としては、王子という私よりもうんと身分の上の、けれども歳は私よりも幼いであろう少年が可哀想に見えて仕方がなかった。
「シェード」
王子の背中が見えなくなるとアンジェリカはすぐさまシェードを呼びつける。その場にいた彼はアンジェリカの口元へと耳を寄せる。するとしばらくしてから立ち上がり、そして私の部屋までやってきた。
「モリア様、よろしければアンジェリカ様にお会いしてはいただけませんか?」
「今は体調が悪いんじゃ……」
「あれは機嫌を悪くしていらっしゃるだけなので、モリア様さえよければ」
「ええ、是非」
隙間程度に開いていたドアを大きく開き、冷たい目をしていた少女の元へと大きく歩み進めていく。その顔は以前王子の元を訪ねることを嫌がった少女のものではなく、貴族としての義務を抱えた無機質な表情であった。
けれど私が見たいのはそのどちらでもなく、歳相応の明るい笑顔を浮かべたアンジェリカなのだ。
「アンジェリカ!」
「お義姉様!?」
「アンジェリカ。実はね、アンジェリカのためにもう一つ刺繍してみたの」
私の登場に目を見開いているアンジェリカの前にすかさず刺繍をしたハンカチを差し出す。もう以前のようにお伺いを立てるようなことはしない。
彼女ならもらってくれると信じているからだ。
「今度はチューリップにしてみたの」
先ほどあったことは何も知らないように振る舞ってみれば、次第にアンジェリカの表情は和らいでいく。
「お義姉様……。ありがとうございます!」
ハンカチを嬉しそうに胸に抱えるアンジェリカの顔はまだ私の望むような晴れやかな笑みとは違うけれど、それでもやはりアンジェリカには笑顔が似合う。
こんな風に幼い少女の顔に光を照らせたのならば、私の手先の器用さも捨てたものではないと嬉しく思うのだった。