朝起きて、座ったまま背伸びをすると身体がボキッと軽い音を立てた。昨日緊張していた筋肉がやっと解れたのだろう。肩を固定しながら腕をグルグルと回すとやはりボキボキっとこちらも音を立てた。ではもう片方も、と視線を逆に移すと昨日の朝までは確かになかった花瓶が窓際に飾られていた。
いつからあったのかわからないが、深夜にわざわざ部屋に来て飾るなんてことはないだろうから昨日の夜にはあったのだろう。暗くてよく気づかなかっただけだ。
だがなぜ花が飾られているのだろう?
レモン色とオレンジ色という昨日馬車の中でラウス様に話した色の花が飾られている花瓶に視線を固定させたまま疑問に思った。
ま、まさか……!
嫌な予感が走り、慌ててベッドから飛び起きて自分で確認できる限り、身体に傷がないか確認した。お見舞いで……なんて意味だったらどうしようかと思ったが、少なくとも自分の見える場所に傷はない。そして軽く身体を捻ってみたり、曲げてみたりしたものの背中に痛みが走ることもない。
「良かったぁ……」
とりあえず私が怪我を負うほどの何かをしでかした可能性は消えてくれた。王都の宝飾店でそんなことしたら借金が二倍、三倍に膨れ上がる。
王都の店なんて入ったことはないが、そもそもアクセサリーというものは大層高価なもので、だからこそごく一部を除いた貴族のご令嬢達は高価なアクセサリーを身につけることによって自分のアドバンテージを示しているのだ。
特に王都に店を構える宝飾店なんて上級貴族の御用達の店ばかりだ。地価も高いし、売り上げがよくなければ店を構えることなんてできっこない。……となれば単価はサンドレア家にいた頃の私が何度か足を運んだ宝飾店の何倍もしくは何十倍といくわけで……考えるだけでも頭が痛くなって来た。
なぜよりにもよって嫁いで来たのが私だったのか。
なぜ似ていたのが私だったのか。
もうちょっとマシな人が来ればよかったのに!と思わずにはいられない。
借金返済!と意気込んで来たはいいがこれだと借金返済どころか膨れ上がる一方だ。ただでさえ返せる見込みのなかったお金を、これ以上増えたらどう返せばいいというのか。
せめて私の顔がもう少し、いや結構美人の部類に入れば豪商と呼ばれる人達の目にも止まっただろうに……。嫌いではないがこの地味顔では多くの令嬢の中で私を見つけてもらうことなんてありえないだろう。
それにしてもラウス様が惚れた相手というのは私とよく似ているらしい。ということは中々の地味顔だ。これといった外見的な特長もないだろう。だが社交界の最良物件、ラウス様の心を見事射止めたというのだ。
それもさほど交流を持たずして。
そんなまだ見ぬ令嬢を思うと、中身さえ良ければ何とか良い相手を見つけることが出来るのではないか?と期待してしまう。
まぁ私にはそんな中身もないのだが……。私はと言えば多少手先が器用で、体力だけは他の令嬢よりもずっとあるといったところだろうか。どんな色眼鏡をかけてみたところでやはり貴族のご令嬢としては全く自慢にならないものばかりだ。
幸い私とラウス様は婚約を交わしていない。おそらくは時間の問題だろう。婚約を執り行うよりそのまま式の準備をしてしまった方が早いからだ。そしてその式というのも後一ヶ月はないくらいの時間がある。
それまでにその相手を見つけられれば私はまだ未婚の、多少行き遅れぎみの令嬢で済むのだ。
この屋敷に来てから時間だけはある。
ならば今からでも豪商に見初められるような令嬢を目指してみようではないか!
それだけの器量が身につけば、カリバーン家がほんの一時だけ懇意にした女としても恥ずかしくはないはずだ。というよりもこのままだいくら間違えられたのは私のほうだとはいえ、カリバーン家に申し訳なさすぎる。せめて下級貴族でもこのくらいできれば娶ってもおかしくはないと言われるくらいには頑張りたいものだ。
朝日と花瓶の花達に向けてまた一つ、以前掲げた目標に新たな項目を継ぎ足したのだった。
「おはようございます、ラウス様」
豪商に見初められるような令嬢もとい下級貴族出身でも上級貴族の嫁として笑われない程度になるための第一歩は旦那様によく仕えることだ。
これは今までのこととあまり変わらないが、どうせ朝早く起きているのだから私の部屋に毎朝着替えを持って来てくれる使用人達のように毎朝自主的にラウス様の元へ足を運ぶことからスタートだ。
一歩目から大きく踏み出したら躓いて終了すること間違えなしなのだ。
「おはよう、モリア」
ラウス様の表情からしてこの選択は間違いではないのだろう。今後も朝の挨拶は取り入れることにしよう。小さな一歩でも続けることが大事なのだ。継続は力なりとお兄様も毎朝の鍛錬の時に言っていた。
今日も機嫌がいいラウス様へといつものようにダイニングルームへと向かう。
やはりいつも通り机一面に並んだ食事をありがたくいただいているとおもむろにラウス様が何だか申し訳なさそうに口を開いた。
「昨日は結局花束くらいしか贈れなかったが、今度はモリアの気に入りそうなものを贈ってみせる。だから、だからまた私と一緒に出かけてはくれないか?」
どうやら部屋の花はラウス様からの贈り物だったらしい。……覚えてないがとにかく贈り物であってお見舞いではないようだ。それにこの様子だと私が何かしでかしたという線もなさそうだ。そして何か高価なアクセサリーを買ってもらっていたなんて失態も起こしていない。
記憶は残ってないが、よくやった昨日の私!
緊張して記憶が飛ぶ癖はどうにかしなければと思うが、記憶が飛んでしまってもちゃんと働いている私は意外としっかり者なのかもしれない。もしかしたら記憶が残っていない時の方がしっかりしている可能性もなきにしもあらず、なのだがそれは悲しいから考えないことにしよう。
「ええ」
とりあえず今はつつがなく過ぎていった王都の宝飾店訪問という一大イベントの成功を祝って、ラウス様を安心させるために微笑んでおくだけだ。
いつからあったのかわからないが、深夜にわざわざ部屋に来て飾るなんてことはないだろうから昨日の夜にはあったのだろう。暗くてよく気づかなかっただけだ。
だがなぜ花が飾られているのだろう?
レモン色とオレンジ色という昨日馬車の中でラウス様に話した色の花が飾られている花瓶に視線を固定させたまま疑問に思った。
ま、まさか……!
嫌な予感が走り、慌ててベッドから飛び起きて自分で確認できる限り、身体に傷がないか確認した。お見舞いで……なんて意味だったらどうしようかと思ったが、少なくとも自分の見える場所に傷はない。そして軽く身体を捻ってみたり、曲げてみたりしたものの背中に痛みが走ることもない。
「良かったぁ……」
とりあえず私が怪我を負うほどの何かをしでかした可能性は消えてくれた。王都の宝飾店でそんなことしたら借金が二倍、三倍に膨れ上がる。
王都の店なんて入ったことはないが、そもそもアクセサリーというものは大層高価なもので、だからこそごく一部を除いた貴族のご令嬢達は高価なアクセサリーを身につけることによって自分のアドバンテージを示しているのだ。
特に王都に店を構える宝飾店なんて上級貴族の御用達の店ばかりだ。地価も高いし、売り上げがよくなければ店を構えることなんてできっこない。……となれば単価はサンドレア家にいた頃の私が何度か足を運んだ宝飾店の何倍もしくは何十倍といくわけで……考えるだけでも頭が痛くなって来た。
なぜよりにもよって嫁いで来たのが私だったのか。
なぜ似ていたのが私だったのか。
もうちょっとマシな人が来ればよかったのに!と思わずにはいられない。
借金返済!と意気込んで来たはいいがこれだと借金返済どころか膨れ上がる一方だ。ただでさえ返せる見込みのなかったお金を、これ以上増えたらどう返せばいいというのか。
せめて私の顔がもう少し、いや結構美人の部類に入れば豪商と呼ばれる人達の目にも止まっただろうに……。嫌いではないがこの地味顔では多くの令嬢の中で私を見つけてもらうことなんてありえないだろう。
それにしてもラウス様が惚れた相手というのは私とよく似ているらしい。ということは中々の地味顔だ。これといった外見的な特長もないだろう。だが社交界の最良物件、ラウス様の心を見事射止めたというのだ。
それもさほど交流を持たずして。
そんなまだ見ぬ令嬢を思うと、中身さえ良ければ何とか良い相手を見つけることが出来るのではないか?と期待してしまう。
まぁ私にはそんな中身もないのだが……。私はと言えば多少手先が器用で、体力だけは他の令嬢よりもずっとあるといったところだろうか。どんな色眼鏡をかけてみたところでやはり貴族のご令嬢としては全く自慢にならないものばかりだ。
幸い私とラウス様は婚約を交わしていない。おそらくは時間の問題だろう。婚約を執り行うよりそのまま式の準備をしてしまった方が早いからだ。そしてその式というのも後一ヶ月はないくらいの時間がある。
それまでにその相手を見つけられれば私はまだ未婚の、多少行き遅れぎみの令嬢で済むのだ。
この屋敷に来てから時間だけはある。
ならば今からでも豪商に見初められるような令嬢を目指してみようではないか!
それだけの器量が身につけば、カリバーン家がほんの一時だけ懇意にした女としても恥ずかしくはないはずだ。というよりもこのままだいくら間違えられたのは私のほうだとはいえ、カリバーン家に申し訳なさすぎる。せめて下級貴族でもこのくらいできれば娶ってもおかしくはないと言われるくらいには頑張りたいものだ。
朝日と花瓶の花達に向けてまた一つ、以前掲げた目標に新たな項目を継ぎ足したのだった。
「おはようございます、ラウス様」
豪商に見初められるような令嬢もとい下級貴族出身でも上級貴族の嫁として笑われない程度になるための第一歩は旦那様によく仕えることだ。
これは今までのこととあまり変わらないが、どうせ朝早く起きているのだから私の部屋に毎朝着替えを持って来てくれる使用人達のように毎朝自主的にラウス様の元へ足を運ぶことからスタートだ。
一歩目から大きく踏み出したら躓いて終了すること間違えなしなのだ。
「おはよう、モリア」
ラウス様の表情からしてこの選択は間違いではないのだろう。今後も朝の挨拶は取り入れることにしよう。小さな一歩でも続けることが大事なのだ。継続は力なりとお兄様も毎朝の鍛錬の時に言っていた。
今日も機嫌がいいラウス様へといつものようにダイニングルームへと向かう。
やはりいつも通り机一面に並んだ食事をありがたくいただいているとおもむろにラウス様が何だか申し訳なさそうに口を開いた。
「昨日は結局花束くらいしか贈れなかったが、今度はモリアの気に入りそうなものを贈ってみせる。だから、だからまた私と一緒に出かけてはくれないか?」
どうやら部屋の花はラウス様からの贈り物だったらしい。……覚えてないがとにかく贈り物であってお見舞いではないようだ。それにこの様子だと私が何かしでかしたという線もなさそうだ。そして何か高価なアクセサリーを買ってもらっていたなんて失態も起こしていない。
記憶は残ってないが、よくやった昨日の私!
緊張して記憶が飛ぶ癖はどうにかしなければと思うが、記憶が飛んでしまってもちゃんと働いている私は意外としっかり者なのかもしれない。もしかしたら記憶が残っていない時の方がしっかりしている可能性もなきにしもあらず、なのだがそれは悲しいから考えないことにしよう。
「ええ」
とりあえず今はつつがなく過ぎていった王都の宝飾店訪問という一大イベントの成功を祝って、ラウス様を安心させるために微笑んでおくだけだ。