「皆様、ご歓談中のところ申し訳ありません。モーチェス様とラウス様がおかえりになったそうです」
カップを傾けながら談笑していると、シェードの淡々とした声が会話を遮った。
「あらそう……じゃあいいわね、二人とも?」
「ええもちろんですわ」
「行こうか」
早速作戦を決行する三人に連れられ玄関へと向かう。
それにしても三人とも、歩くのが早い。
焦る気持ちがそうさせるのか、手が繋がれているから後でついて行くなんてわけにいかず必死で足を動かす他ない。
優雅に、けれど足早に歩く三人と小走りになる私。格好悪いが誰にも咎められなかったので良しとしよう。それに位置は協議する間も無く、アンジェリカとお義母様に挟まれていたため、花瓶にぶつかる心配もなかった。
「みんな揃ってどうしたんだ?」
私たちの姿を初めに捉えたのはお義父様だった。手を繋いで一列に並んで歩く姿に目を丸くして驚いている。が、すぐにその目は優しいものへと変わる。
「仲良しになったんだなぁ」
コートを脱ぎながら微笑ましそうに見つめる瞳は子どもの成長を見守る父親のそれと同じだ。何であろうと包み込んでくれる優しさがある。
「アンジェリカはいいとして、なぜお母様とサキヌも一緒にいるんだ?」
一方ラウス様はというと眉間をヒクつかせていた。どうやら私がお義母様やサキヌと一緒にいることが許せないらしい。
……もしかして二人とも用事があったとか?
今日は山に行きたい気分だからといって畑を放り出すなんて許されないし、行きたくないからといって月に一度ほどのペースである夜会やお茶会を連絡もなしに突然断ることもできないのだ。断るならそれ相応の理由を何とかして考えなくてはいけない。
全くもって他人に自慢できるようなことではないが、私はそれをよく知っているのだ。
私にとっては前者の方が大切なのだが、二人にとっては畑などは関係のない話であろう。あるとするなら後者だ。
そういえばアンジェリカはお茶会の最中、渋々お茶会に参加することもあるのだと愚痴をこぼしていた。二人も堅苦しいだけのお茶会なんて本当は参加したくないのかもしれない。それでも参加はしなければならない。
なぜならそれが貴族の仕事の一つだからだ。
どんなにくだらなく思えても社交界の情報を集めることができるのは夜会とお茶会が主なのだ。
……私の場合は王都から結構離れていて、なおかつ参加メンバーも大体同じこともあり、そうそう新しい情報が入ってくることはなかった。
その代わり最近作った手芸品の話やお菓子の話が主だった。
話の種作りのためにレースのガウンを手作りした知り合いもいるのだから私たちの場合、話の種は仕入れるものではなく、作るものだったりする。
だがカリバーン家の、上級貴族の社交界となると話は別なのだ。
「すみませんでした……」
知らなかったとはいえ、一緒にお茶をしたという、いわば共犯者である。
「モ、モリアちゃん?!」
「悪いのは俺たちだから」
「ですが……」
「モリア、頭を上げてくれ。体調は大丈夫か? 気分が悪くなったりしていないか?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「なら良かった。また無理をさせて体調を崩しはしないかと心配だったんだ」
「ラウス様……」
「モリア……」
ラウス様と私の視線が交わったとき、ゆっくりと頭を下げる。角度はカリバーン家の使用人を参考にして、それよりも少しだけ深めに。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そうじゃなくて、だな。……その私が勝手に心配しただけだからモリアは何も悪くない」
「モリアちゃん……ごめんなさい。私、知らなくて……。あなたと一緒にお茶の時間を過ごせるのが楽しくて、つい……」
「お義母様……」
「……許してくれる?」
上目遣いで見つめられながら、両手をゆっくりと優しく包み込まれる。ああやっぱり綺麗だな……なんて感心してしまう。
「許すも何も……私も楽しい時間を過ごさせてもらいましたから」
「……本当に? それなら明日、私とお買い物も行ってくれる?」
「もちろんです!」
そう返事して直後で、何か私、いいように丸められたような?と思ったのだが、それは勘違いではなかったようだ。
「ってちょっと待て!」
ラウス様によって繋がれた手は解かれて、お義母様から私を隠すようにしてラウス様は私とお義母様の間に立った。お義母様は外された手を胸の前で重ねながら、頬を膨らましてラウス様に抗議をする。
「何よ、ラウス。いいところだったのに……」
「そんなことより買い物ってなんですか!?」
そんなことでラウス様が遅れを取るわけもなく、お義母様を責め立てる。これは家族だからできることだろう。私なんかあの綺麗な顔で頼まれたら断れはしない。
「ああそうそう忘れてたわ。ラウス、私とアンジェリカ、それとサキヌは明日モリアちゃんと一緒に王都にお買い物に行くことにしたから」
「はぁ?! そんなこと聞いてない!」
「さっき決めたの!色々手順は変わっちゃったけど……まぁ、いいわよね?」
「よくない!」
「なんでよ!」
「明日は、明日は私がモリアを誘おうと……」
ん? それは初耳だ。
誘おうと、であって誘われていないのだから初耳なのは当然か。
それにしてもラウス様って忙しいんじゃ……。
「ウル、君がモリアさんのことを気に入っているのはよくわかったけれど、それでも明日はラウスに譲ってやってくれないか?」
「……わかったわ」
スゴスゴと一足先にダイニングルームへと向かうお義母様とその腰に手を添えるお義父様。その後をアンジェリカとサキヌが追う形となっている。
それに習おうと私もその場で身を翻そうとすると「モリア!」と声をかけられた。振り返ると顔を強張らせたラウス様が手を握りしめて立っていた。
「なんでしょうか?」
「明日。明日、私と出かけてくれないか?」
「はい」
お義母様かラウス様かの違いこそあれ、私の外出は変わらないのだ。
「いいのか!」
「はい」
「そうか!」
疑うように少しだけしつこく問いかけてきたラウス様はたった二文字の言葉で表情が緩む。今ならアンジェリカほどとは言わないでも頬はモチモチだろう。さすがに突きはしないが柔らかそうだと思うくらいはいいだろう。
「お兄様、お義姉様!」
「アンジェリカ、こういう時は先に行くものなんだから」
先に歩いていたアンジェリカは一向に追ってこない私たちを心配してこちら側に走ってきたが、やがてその背後からやってきたサキヌによって連行されるような形で手を引かれたままダイニングルームへと入っていった。
「行こうか」
「はい、ラウス様」
出された手に手を重ね、遅ればせながら私たちも三人の待つダイニングルームへと向かうのだった。
カップを傾けながら談笑していると、シェードの淡々とした声が会話を遮った。
「あらそう……じゃあいいわね、二人とも?」
「ええもちろんですわ」
「行こうか」
早速作戦を決行する三人に連れられ玄関へと向かう。
それにしても三人とも、歩くのが早い。
焦る気持ちがそうさせるのか、手が繋がれているから後でついて行くなんてわけにいかず必死で足を動かす他ない。
優雅に、けれど足早に歩く三人と小走りになる私。格好悪いが誰にも咎められなかったので良しとしよう。それに位置は協議する間も無く、アンジェリカとお義母様に挟まれていたため、花瓶にぶつかる心配もなかった。
「みんな揃ってどうしたんだ?」
私たちの姿を初めに捉えたのはお義父様だった。手を繋いで一列に並んで歩く姿に目を丸くして驚いている。が、すぐにその目は優しいものへと変わる。
「仲良しになったんだなぁ」
コートを脱ぎながら微笑ましそうに見つめる瞳は子どもの成長を見守る父親のそれと同じだ。何であろうと包み込んでくれる優しさがある。
「アンジェリカはいいとして、なぜお母様とサキヌも一緒にいるんだ?」
一方ラウス様はというと眉間をヒクつかせていた。どうやら私がお義母様やサキヌと一緒にいることが許せないらしい。
……もしかして二人とも用事があったとか?
今日は山に行きたい気分だからといって畑を放り出すなんて許されないし、行きたくないからといって月に一度ほどのペースである夜会やお茶会を連絡もなしに突然断ることもできないのだ。断るならそれ相応の理由を何とかして考えなくてはいけない。
全くもって他人に自慢できるようなことではないが、私はそれをよく知っているのだ。
私にとっては前者の方が大切なのだが、二人にとっては畑などは関係のない話であろう。あるとするなら後者だ。
そういえばアンジェリカはお茶会の最中、渋々お茶会に参加することもあるのだと愚痴をこぼしていた。二人も堅苦しいだけのお茶会なんて本当は参加したくないのかもしれない。それでも参加はしなければならない。
なぜならそれが貴族の仕事の一つだからだ。
どんなにくだらなく思えても社交界の情報を集めることができるのは夜会とお茶会が主なのだ。
……私の場合は王都から結構離れていて、なおかつ参加メンバーも大体同じこともあり、そうそう新しい情報が入ってくることはなかった。
その代わり最近作った手芸品の話やお菓子の話が主だった。
話の種作りのためにレースのガウンを手作りした知り合いもいるのだから私たちの場合、話の種は仕入れるものではなく、作るものだったりする。
だがカリバーン家の、上級貴族の社交界となると話は別なのだ。
「すみませんでした……」
知らなかったとはいえ、一緒にお茶をしたという、いわば共犯者である。
「モ、モリアちゃん?!」
「悪いのは俺たちだから」
「ですが……」
「モリア、頭を上げてくれ。体調は大丈夫か? 気分が悪くなったりしていないか?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「なら良かった。また無理をさせて体調を崩しはしないかと心配だったんだ」
「ラウス様……」
「モリア……」
ラウス様と私の視線が交わったとき、ゆっくりと頭を下げる。角度はカリバーン家の使用人を参考にして、それよりも少しだけ深めに。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そうじゃなくて、だな。……その私が勝手に心配しただけだからモリアは何も悪くない」
「モリアちゃん……ごめんなさい。私、知らなくて……。あなたと一緒にお茶の時間を過ごせるのが楽しくて、つい……」
「お義母様……」
「……許してくれる?」
上目遣いで見つめられながら、両手をゆっくりと優しく包み込まれる。ああやっぱり綺麗だな……なんて感心してしまう。
「許すも何も……私も楽しい時間を過ごさせてもらいましたから」
「……本当に? それなら明日、私とお買い物も行ってくれる?」
「もちろんです!」
そう返事して直後で、何か私、いいように丸められたような?と思ったのだが、それは勘違いではなかったようだ。
「ってちょっと待て!」
ラウス様によって繋がれた手は解かれて、お義母様から私を隠すようにしてラウス様は私とお義母様の間に立った。お義母様は外された手を胸の前で重ねながら、頬を膨らましてラウス様に抗議をする。
「何よ、ラウス。いいところだったのに……」
「そんなことより買い物ってなんですか!?」
そんなことでラウス様が遅れを取るわけもなく、お義母様を責め立てる。これは家族だからできることだろう。私なんかあの綺麗な顔で頼まれたら断れはしない。
「ああそうそう忘れてたわ。ラウス、私とアンジェリカ、それとサキヌは明日モリアちゃんと一緒に王都にお買い物に行くことにしたから」
「はぁ?! そんなこと聞いてない!」
「さっき決めたの!色々手順は変わっちゃったけど……まぁ、いいわよね?」
「よくない!」
「なんでよ!」
「明日は、明日は私がモリアを誘おうと……」
ん? それは初耳だ。
誘おうと、であって誘われていないのだから初耳なのは当然か。
それにしてもラウス様って忙しいんじゃ……。
「ウル、君がモリアさんのことを気に入っているのはよくわかったけれど、それでも明日はラウスに譲ってやってくれないか?」
「……わかったわ」
スゴスゴと一足先にダイニングルームへと向かうお義母様とその腰に手を添えるお義父様。その後をアンジェリカとサキヌが追う形となっている。
それに習おうと私もその場で身を翻そうとすると「モリア!」と声をかけられた。振り返ると顔を強張らせたラウス様が手を握りしめて立っていた。
「なんでしょうか?」
「明日。明日、私と出かけてくれないか?」
「はい」
お義母様かラウス様かの違いこそあれ、私の外出は変わらないのだ。
「いいのか!」
「はい」
「そうか!」
疑うように少しだけしつこく問いかけてきたラウス様はたった二文字の言葉で表情が緩む。今ならアンジェリカほどとは言わないでも頬はモチモチだろう。さすがに突きはしないが柔らかそうだと思うくらいはいいだろう。
「お兄様、お義姉様!」
「アンジェリカ、こういう時は先に行くものなんだから」
先に歩いていたアンジェリカは一向に追ってこない私たちを心配してこちら側に走ってきたが、やがてその背後からやってきたサキヌによって連行されるような形で手を引かれたままダイニングルームへと入っていった。
「行こうか」
「はい、ラウス様」
出された手に手を重ね、遅ればせながら私たちも三人の待つダイニングルームへと向かうのだった。