「あの……お聞きしたいことがあるのですが……」
日も暮れてきて、夕暮れに差し掛かってきた。私のお腹はちょうど腹七分目といったところである。これで夕食を食べられるかというとまぁ頑張ればいけるといったところだろうか。
それよりも私の心配事は明日からどうやって過ごせばいいかだった。
すっかり忘れていたものの、昨日や今日のように毎日お茶会をして1日過ごすことなんてないのだろうから暇をつぶす方法を見つけなくてはいけない。
あれもダメこれもダメ。上級貴族の妻というのは案外暇なのだ。
私が役に立たないというのも少なからずあるのだろうが、使用人としてやってきていたらいくら役に立たなかろうが掃除くらいはさせてもらえただろうにと思わずにはいられない。私だって掃除くらいはできる。
その場に割れ物とか高級品とかなければ、の話になるが。
「何かしら、モリアちゃん。何でも聞いてちょうだい?」
「皆さんは普段どんなことをしてらっしゃるのですか? 実はその、時間を持て余してしまいまして……」
「あらそれなら毎日私とお茶会を……と言いたいところだけど、私も屋敷を出ちゃっている時もあるからそれは無理よね……」
「私は手習いのピアノを教えていただいたり、家に招いた先生にお勉強を教えていただいたりして過ごしています! 後は、渋々他の貴族の方々に招かれたお茶会に参加したり……ですかね」
後半にチラリと上級貴族ならではの闇がみえたものの、前半はピアノにお勉強と普通の貴族とあまり変わらないらしい。
私はピアノに触ったことすらなかったが、社交界で手習いとしてわざわざピアノ講師を呼んで習っているという令嬢もいた。そういう令嬢は大抵頭の出来も良くて、上級貴族に気に入られて、人によっては是非とも妻にと乞われることもあった。
そう考えると私ってなんでここにいるんだろう?と不思議に思えてくる。
まぁそれは単純に人違いだからなのだが……。
下級貴族にとっては大ごとだが上級貴族にとってはよくあることなのかもしれない。
「俺のは参考にならないかもだけど、普段は寮暮らしで今は長期休暇でこっちに帰ってきてるんだ。学校では集団で勉強したり……後武術も習ったりする。まぁ俺は体術の方は全然だけど……」
「武術……ですか!サキヌは何を使うのですか?」
「剣だよ。って義姉さん、武術に興味あるの?」
「はい! お兄様が槍の扱いに長けていまして、よく見せてもらったものです!」
「槍か……珍しいね。大抵剣か体術を選ぶんだけど……もしかして背が高かったりする?」
「お兄様は私よりもずっと背が高くて、ラウス様よりも頭一つ以上はあるんですよ!」
「ええっと……一応なんだけど名前を聞いても?」
「カインです。カイン=サンドレア。私の二番目の兄です」
「やっぱりそうか……。お兄様、よく殺されなかったな……」
「え?」
「まぁ細かいことはお兄様が後々どうにかするとして……義姉さん、刺繍なんてどう?」
なんだか誤魔化されたような気がしなくもないが、刺繍、刺繍か……。それくらいなら着てきたドレスを解体すれば何とか買えそうだ。
「刺繍ですか、いいですね。シェード、いくつか持ってきて」
「かしこまりました」
すぐに庭を後にしたシェードさんはそれから数分と経たないうちに木のツルで編まれたカゴを持って帰ってきた。
「枠と針、それから布はいいとして……糸はどれにしましょう? モチーフをどんなものにするか初めに決めておくのもいいですが、色から選ぶのもいいんですよ」
「ちなみに私のお気に入りはこの色です!」
「これなんか綺麗な色よね」
「この色、お兄様の好きな色だよ」
三人とも箱に綺麗に並べられた糸を指差していく。
アンジェリカが指差したのは彼女の抱きかかえるテディベアの瞳と同じ色のルビーのような紅の色だ。
次にお義母様が指差したのはカリバーン家の四人の瞳の色でもある、蜂蜜色だ。甘いお菓子を好むお義母様にピッタリのチョイスだと言える。
最後にサキヌが指したのは自然を想像させる緑色。ラウス様が好きなのだというその色は偶然にも私の瞳の色と同じだった。
「お義姉様、誰の選んだ色にしますか?」
アンジェリカに三人のうち、誰のオススメを選ぶのかと迫られるがそもそも私はそのどれもを選ぶつもりはない。
「どれも高価そうな糸と布ですし、私は後で街にでも買いに行きますので……」
刺繍なら少しくらいはサンドレア家でもしたもので、だからこそわかる。
私が過去に使った糸よりも何倍、いや何十倍もの金額が張ることを。
それに練習台の布なんて身体が成長したせいで着れなくなったドレスの端で十分だ。上手くなったらハンカチなりテーブルクロスなりに移行する。少なくともこんな、ハンカチにするにも恐れ多すぎて使えない代物に針なんて刺せるわけがない。
「お買い物!?」
「外出許可が下りれば、ですけど……」
三人の綺麗に揃った驚いた声にハッと自らの置かれている状況を振り返る。そもそも一時帰宅すら許されない身である私が外出許可なんて下りるわけないだろう。すっかり忘れていた。反省する私の目の前で三人は何やら集まって相談会を開いている。外に漏らさないようにと頭を寄せているのだが、興奮しているらしいその声はハッキリ言って丸聞こえだ。
「お母様、まず私がお兄様に駆け寄ります」
「次に私が追撃をするわ」
「そして最後に俺が諌めるようにして……」
「完璧ですわ」「いけるわ」「問題ないな」
「最近あんまり王都に行けてなかったのよね〜。モリアちゃんとのお買い物、楽しみだわ!」
「私、新しいリボンが欲しかったのでちょうどよかったですわ」
「ああそうそう、俺もノートが切れていたんだっけ」
杜撰にも思える作戦会議だったが、三人は完璧であると確信を持っているようだ。
それよりもどうやら私の外出許可はいつのまにか下りたらしい。
行き場所は王都で、同伴者付きではあるが……。
許可が下りたのは嬉しいが、王都にそれも彼らも一緒となると質屋には行けそうもない。よってドレスを換金することも出来ない。もっと言えば資金がないから刺繍の糸や布を入手することも出来ないというわけだ。つまり外出する意味がない。ない、のだがこの状況でやはり無しにすると訂正もできそうにはなかった。
日も暮れてきて、夕暮れに差し掛かってきた。私のお腹はちょうど腹七分目といったところである。これで夕食を食べられるかというとまぁ頑張ればいけるといったところだろうか。
それよりも私の心配事は明日からどうやって過ごせばいいかだった。
すっかり忘れていたものの、昨日や今日のように毎日お茶会をして1日過ごすことなんてないのだろうから暇をつぶす方法を見つけなくてはいけない。
あれもダメこれもダメ。上級貴族の妻というのは案外暇なのだ。
私が役に立たないというのも少なからずあるのだろうが、使用人としてやってきていたらいくら役に立たなかろうが掃除くらいはさせてもらえただろうにと思わずにはいられない。私だって掃除くらいはできる。
その場に割れ物とか高級品とかなければ、の話になるが。
「何かしら、モリアちゃん。何でも聞いてちょうだい?」
「皆さんは普段どんなことをしてらっしゃるのですか? 実はその、時間を持て余してしまいまして……」
「あらそれなら毎日私とお茶会を……と言いたいところだけど、私も屋敷を出ちゃっている時もあるからそれは無理よね……」
「私は手習いのピアノを教えていただいたり、家に招いた先生にお勉強を教えていただいたりして過ごしています! 後は、渋々他の貴族の方々に招かれたお茶会に参加したり……ですかね」
後半にチラリと上級貴族ならではの闇がみえたものの、前半はピアノにお勉強と普通の貴族とあまり変わらないらしい。
私はピアノに触ったことすらなかったが、社交界で手習いとしてわざわざピアノ講師を呼んで習っているという令嬢もいた。そういう令嬢は大抵頭の出来も良くて、上級貴族に気に入られて、人によっては是非とも妻にと乞われることもあった。
そう考えると私ってなんでここにいるんだろう?と不思議に思えてくる。
まぁそれは単純に人違いだからなのだが……。
下級貴族にとっては大ごとだが上級貴族にとってはよくあることなのかもしれない。
「俺のは参考にならないかもだけど、普段は寮暮らしで今は長期休暇でこっちに帰ってきてるんだ。学校では集団で勉強したり……後武術も習ったりする。まぁ俺は体術の方は全然だけど……」
「武術……ですか!サキヌは何を使うのですか?」
「剣だよ。って義姉さん、武術に興味あるの?」
「はい! お兄様が槍の扱いに長けていまして、よく見せてもらったものです!」
「槍か……珍しいね。大抵剣か体術を選ぶんだけど……もしかして背が高かったりする?」
「お兄様は私よりもずっと背が高くて、ラウス様よりも頭一つ以上はあるんですよ!」
「ええっと……一応なんだけど名前を聞いても?」
「カインです。カイン=サンドレア。私の二番目の兄です」
「やっぱりそうか……。お兄様、よく殺されなかったな……」
「え?」
「まぁ細かいことはお兄様が後々どうにかするとして……義姉さん、刺繍なんてどう?」
なんだか誤魔化されたような気がしなくもないが、刺繍、刺繍か……。それくらいなら着てきたドレスを解体すれば何とか買えそうだ。
「刺繍ですか、いいですね。シェード、いくつか持ってきて」
「かしこまりました」
すぐに庭を後にしたシェードさんはそれから数分と経たないうちに木のツルで編まれたカゴを持って帰ってきた。
「枠と針、それから布はいいとして……糸はどれにしましょう? モチーフをどんなものにするか初めに決めておくのもいいですが、色から選ぶのもいいんですよ」
「ちなみに私のお気に入りはこの色です!」
「これなんか綺麗な色よね」
「この色、お兄様の好きな色だよ」
三人とも箱に綺麗に並べられた糸を指差していく。
アンジェリカが指差したのは彼女の抱きかかえるテディベアの瞳と同じ色のルビーのような紅の色だ。
次にお義母様が指差したのはカリバーン家の四人の瞳の色でもある、蜂蜜色だ。甘いお菓子を好むお義母様にピッタリのチョイスだと言える。
最後にサキヌが指したのは自然を想像させる緑色。ラウス様が好きなのだというその色は偶然にも私の瞳の色と同じだった。
「お義姉様、誰の選んだ色にしますか?」
アンジェリカに三人のうち、誰のオススメを選ぶのかと迫られるがそもそも私はそのどれもを選ぶつもりはない。
「どれも高価そうな糸と布ですし、私は後で街にでも買いに行きますので……」
刺繍なら少しくらいはサンドレア家でもしたもので、だからこそわかる。
私が過去に使った糸よりも何倍、いや何十倍もの金額が張ることを。
それに練習台の布なんて身体が成長したせいで着れなくなったドレスの端で十分だ。上手くなったらハンカチなりテーブルクロスなりに移行する。少なくともこんな、ハンカチにするにも恐れ多すぎて使えない代物に針なんて刺せるわけがない。
「お買い物!?」
「外出許可が下りれば、ですけど……」
三人の綺麗に揃った驚いた声にハッと自らの置かれている状況を振り返る。そもそも一時帰宅すら許されない身である私が外出許可なんて下りるわけないだろう。すっかり忘れていた。反省する私の目の前で三人は何やら集まって相談会を開いている。外に漏らさないようにと頭を寄せているのだが、興奮しているらしいその声はハッキリ言って丸聞こえだ。
「お母様、まず私がお兄様に駆け寄ります」
「次に私が追撃をするわ」
「そして最後に俺が諌めるようにして……」
「完璧ですわ」「いけるわ」「問題ないな」
「最近あんまり王都に行けてなかったのよね〜。モリアちゃんとのお買い物、楽しみだわ!」
「私、新しいリボンが欲しかったのでちょうどよかったですわ」
「ああそうそう、俺もノートが切れていたんだっけ」
杜撰にも思える作戦会議だったが、三人は完璧であると確信を持っているようだ。
それよりもどうやら私の外出許可はいつのまにか下りたらしい。
行き場所は王都で、同伴者付きではあるが……。
許可が下りたのは嬉しいが、王都にそれも彼らも一緒となると質屋には行けそうもない。よってドレスを換金することも出来ない。もっと言えば資金がないから刺繍の糸や布を入手することも出来ないというわけだ。つまり外出する意味がない。ない、のだがこの状況でやはり無しにすると訂正もできそうにはなかった。