揺られて辿り着いたのは昨晩お世話になったばかりの大きなベッド。やはりシミひとつない純白のシーツは洗濯したものの技術の高さが容易にわかる。それにサンドレア家のベッドは格段に違う肌触り。ゆっくりと降ろされた時でさえマットレスが身体にフィットするように沈んでいく。
ああ、今すぐにもこの身を預けて寝てしまいそうだ……。ってダメダメ、寝ちゃダメ。
居心地がいいベッドに落とされ、危なく意識を手放しかけた私は頭を左右に振って少しでも正常な判断を取り戻す。
「運んでいただいたのにこういうのはさすがにどうかとは思うのですが、その……お部屋もベッドも別に用意していただきましたし、そちらで……」
そう、ここは私に用意された部屋ではないのだ。ラウス様の部屋だ。
昨日は緊張していたせいでそこまで考えずに寝てしまったが、これは中々にマズイ状況だ。結婚もしていない女性が、男性の部屋の、それもよりにもよってベッドで寝るなんて……。幼い頃ならまぁ仕方ないかな……とも思えるが私もラウス様ももう結婚できる歳だ。
「そう焦らなくとも何もしないから安心して眠ってくれ」
「……わかりました」
昨日といい今日といい、人違いである以上、手を出されないというのは私としてもラウス様としてもいいことなのだが、改めてそう言われると自分の魅力のなさが身にしみてわかる。
お父様もお母様も、お姉様達もお兄様達もいつまでたっても夫婦仲が良好だからこそ余計に思ってしまうのだろう。
ラウス様は昨晩のように私の隣で寝転ぶことはなく、テーブルから椅子を引き抜いてベッドの横へと運び、そこに腰かけた。
「心配、なんだ……。さっきだってアンジェリカがワガママを言ったせいでモリアは明日の約束まで取り付けられてしまっただろう? モリアが困っているのは分かっていても年の離れた妹だからあまり強くは言えなくて……その、すまなかった」
昔、不注意で花瓶を割ってしまった時、お兄様もこうやってお父様に一緒に頭を下げてくれたっけ。
深々と身内の非礼を詫びるラウス様はあの頃の自分と兄の姿と重なって、今までで一番親しみやすいと感じてしまう。
「私も明日のアンジェリカ様とのお茶会は楽しみにしておりますので、ラウス様が気になさることはありません」
だからなんてことないように笑って返した。私にはお兄様やお姉様はいても下に兄弟はいなかった。その代わり、近所の子どもたちは妹や弟のように可愛らしくてよく世話を焼いたものだった。だからこの慣れない場所でも彼らのように慕ってくれるアンジェリカ様が可愛くて仕方がないのだ。そんな彼女とのお茶会はきっと今日のお茶会と同じくらい楽しい時間が過ごせることだろう。
「そうか、君は優しいんだな」
髪を梳くようにして優しく頭を撫でられると、もう我慢の限界だと抗うことを諦めた意識は身体とともに沈んでいった。
「はぁ……何やってんだろう?」
朝目が覚めると、私の右手は椅子に座ったまま寝てしまったラウス様の手と繋がっていた。
つい昨日、ラウス様のためにできることをしようと思ったばかりなのに逆に負担をかけてしまっているではないか。
今からでもラウス様が起きるまでは少し時間がある。その間だけでも身体を休めてもらいたい。
本来ならばベッドで寝てほしいが、生憎ラウス様の身体は私よりも頭一つ分ほど大きく、野菜をいっぱいに詰めた出荷カゴ二つ持つのが限界の私ではベッドに移せそうもない。
万が一移せたとしても起こしてしまうことだろう。そんなことになれば本末転倒もいいところだ。
ならば私にできること、それはラウス様の眼が覚めるまでの間、物音一つ立てないことくらいだろう。
全く我ながら不甲斐ない。
こんなことなら普段からおじさまたちに荷物を持ってもらわないで、多少無理してでも重たい荷物を運ぶ習慣をつけておくべきだった。
いやだって、おじさまたちもお兄様達も『女の子なんだから無理はするな』って言ってくれていたし、こんな機会あるなんて思わなかったのだ。
そもそもお金のために嫁ぐことなど誰も予想していなかったのだから仕方ないといえば仕方ないことではある。なんにせよ過去を悔やんだところでもう遅いというわけだ。
幸いというべきか、私はこの屋敷内で役に立てそうなことは特になく、そしてサンドレア家の結婚式には欠かせないブーケを作るという楽しみももう無くなってしまった今、時間だけは有り余っている。
ならばその時間を筋力トレーニングの時間に充てようではないか!
最低でもどこか身体が悪いらしいラウス様が倒れた時にも運べるくらいにはなりたいものだ。
一時期お兄様達の真似をして筋肉トレーニングに励んでいたことあり、少しくらいなら何をすればいいかも知っている。あの時はすぐに挫折してしまったが、目標のある今ならやり遂げられる気がする。
よし!っと両手で拳を作りながら、ラウス様を起こさぬよう心の中で精一杯の気合を入れた。
ああ、今すぐにもこの身を預けて寝てしまいそうだ……。ってダメダメ、寝ちゃダメ。
居心地がいいベッドに落とされ、危なく意識を手放しかけた私は頭を左右に振って少しでも正常な判断を取り戻す。
「運んでいただいたのにこういうのはさすがにどうかとは思うのですが、その……お部屋もベッドも別に用意していただきましたし、そちらで……」
そう、ここは私に用意された部屋ではないのだ。ラウス様の部屋だ。
昨日は緊張していたせいでそこまで考えずに寝てしまったが、これは中々にマズイ状況だ。結婚もしていない女性が、男性の部屋の、それもよりにもよってベッドで寝るなんて……。幼い頃ならまぁ仕方ないかな……とも思えるが私もラウス様ももう結婚できる歳だ。
「そう焦らなくとも何もしないから安心して眠ってくれ」
「……わかりました」
昨日といい今日といい、人違いである以上、手を出されないというのは私としてもラウス様としてもいいことなのだが、改めてそう言われると自分の魅力のなさが身にしみてわかる。
お父様もお母様も、お姉様達もお兄様達もいつまでたっても夫婦仲が良好だからこそ余計に思ってしまうのだろう。
ラウス様は昨晩のように私の隣で寝転ぶことはなく、テーブルから椅子を引き抜いてベッドの横へと運び、そこに腰かけた。
「心配、なんだ……。さっきだってアンジェリカがワガママを言ったせいでモリアは明日の約束まで取り付けられてしまっただろう? モリアが困っているのは分かっていても年の離れた妹だからあまり強くは言えなくて……その、すまなかった」
昔、不注意で花瓶を割ってしまった時、お兄様もこうやってお父様に一緒に頭を下げてくれたっけ。
深々と身内の非礼を詫びるラウス様はあの頃の自分と兄の姿と重なって、今までで一番親しみやすいと感じてしまう。
「私も明日のアンジェリカ様とのお茶会は楽しみにしておりますので、ラウス様が気になさることはありません」
だからなんてことないように笑って返した。私にはお兄様やお姉様はいても下に兄弟はいなかった。その代わり、近所の子どもたちは妹や弟のように可愛らしくてよく世話を焼いたものだった。だからこの慣れない場所でも彼らのように慕ってくれるアンジェリカ様が可愛くて仕方がないのだ。そんな彼女とのお茶会はきっと今日のお茶会と同じくらい楽しい時間が過ごせることだろう。
「そうか、君は優しいんだな」
髪を梳くようにして優しく頭を撫でられると、もう我慢の限界だと抗うことを諦めた意識は身体とともに沈んでいった。
「はぁ……何やってんだろう?」
朝目が覚めると、私の右手は椅子に座ったまま寝てしまったラウス様の手と繋がっていた。
つい昨日、ラウス様のためにできることをしようと思ったばかりなのに逆に負担をかけてしまっているではないか。
今からでもラウス様が起きるまでは少し時間がある。その間だけでも身体を休めてもらいたい。
本来ならばベッドで寝てほしいが、生憎ラウス様の身体は私よりも頭一つ分ほど大きく、野菜をいっぱいに詰めた出荷カゴ二つ持つのが限界の私ではベッドに移せそうもない。
万が一移せたとしても起こしてしまうことだろう。そんなことになれば本末転倒もいいところだ。
ならば私にできること、それはラウス様の眼が覚めるまでの間、物音一つ立てないことくらいだろう。
全く我ながら不甲斐ない。
こんなことなら普段からおじさまたちに荷物を持ってもらわないで、多少無理してでも重たい荷物を運ぶ習慣をつけておくべきだった。
いやだって、おじさまたちもお兄様達も『女の子なんだから無理はするな』って言ってくれていたし、こんな機会あるなんて思わなかったのだ。
そもそもお金のために嫁ぐことなど誰も予想していなかったのだから仕方ないといえば仕方ないことではある。なんにせよ過去を悔やんだところでもう遅いというわけだ。
幸いというべきか、私はこの屋敷内で役に立てそうなことは特になく、そしてサンドレア家の結婚式には欠かせないブーケを作るという楽しみももう無くなってしまった今、時間だけは有り余っている。
ならばその時間を筋力トレーニングの時間に充てようではないか!
最低でもどこか身体が悪いらしいラウス様が倒れた時にも運べるくらいにはなりたいものだ。
一時期お兄様達の真似をして筋肉トレーニングに励んでいたことあり、少しくらいなら何をすればいいかも知っている。あの時はすぐに挫折してしまったが、目標のある今ならやり遂げられる気がする。
よし!っと両手で拳を作りながら、ラウス様を起こさぬよう心の中で精一杯の気合を入れた。