「モリア……その、色々と迷惑をかけてしまって申し訳ない……」
「お気になさらないでください。私も楽しかったので……」
ラウス様は気にしているようだけど、今日一日を振り返ると『楽しかった』とその一言に尽きるのだ。
こんなに甘えてしまっていいのかと悩んでしまうほどに。
やはり朝と同様に量の多い食事を目の前にしながら、途切れてしまった会話の代わりに手を進める。とはいえ先ほどまであれだけのケーキを食べていたからかあまり食は進まない。自然とサラダやスープなど軽めのものに手が伸びる。
「ところで……」
しばらくの沈黙をその言葉で破ったということは先ほどの会話は入りに過ぎず、こちらが本題なのだろうと気を引き締める。
「ハーヴェイから聞いたんだが、ブーケの材料を取りに行きたいのだとか……」
「……ダメ、ですよね……」
お義母様の時といい、やはりハーヴェイさんは仕事が早い。おそらくは私がたどり着くまでのあのわずかな時間で告げられたのであろう。野菜を突いていたフォークを一旦置いて、空いた手を太ももに乗せて真っ直ぐとラウス様を見つめる。答えなんてわかっている。けれど少しくらいは期待せずにはいられなかった。
けれど、やはりその期待は裏切られることとなる。
「今の……帰らせる…………話が……るからな…………」
俯いているせいか、紡ぐ言葉は途切れ途切れにしか聞こえない。
「あの、ラウス様?」
その言葉を聞き返そうと声をかけてみたもののそちらはさして重要ではなかったらしく、顔を上げたラウス様は私がかろうじて聞き取った言葉とは違う言葉を投げてきた。
「ブーケの材料というと何か特殊なものでもあるのか? 王都になくても探させるぞ?」
それは朝方ハーヴェイさんと交わした会話によく似ていた。
だから余計に胸に深く突き刺さる。
「いえ……。ブーケはその、別になくても構いませんから……」
そう、なくても困りはしないのだ。
初めからブーケを作りたいというのは私のワガママに過ぎない。
お金もなければ、もらえる愛もないくせに提案した私が悪いのだ。
「だが……」
私の中である程度の踏ん切りがついていた分、この話は早めに切り上げたい。
掘り返されれば余計に諦めがつかなくなってしまう。憧れていた時間が長いだけ意外と根深いのだ。どうせ諦めなければいけないのならば傷は浅いほうがいい。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
これ以上話を続ける気はないのだとすまなさそうに頭を下げれば、ラウス様もその先を続けようとはしなかった。
「……食べないのか?」
会話が途切れたのと同じように完全に手が止まった私をラウス様は心配そうに見つめている。
「ええ、その……お腹がいっぱいで……」
それは嘘ではない。
先ほど勧められるがままに食べていたケーキはまだお腹の中に残っている。けれど、ラウス様に心配をかけてしまうほどに食べられないわけではない。実際に先ほどまでは、ブーケの話が出るまでは少しではあるが口に運んでいた。だがもうその気力すらなくなってしまっている。
「…………そうか。では部屋へと戻ることにするか……」
気落ちしているものの身体的な問題は全くなく、健康そのものなのだが、元気が無くなった私を具合が悪くなったと勘違いしたらしいラウス様はわざわざ私の席まで回って、手を差し出す。
「立てるか?」
「はい、あの、大丈夫ですから」
「遠慮はしなくていい」
遠慮なんてこれっぽっちもしていないのだが、差し出した手で私の手を優しく包み込んで歩き出す。その歩幅は私を気遣ってなのか昨日よりも小さく、そしてゆったりとしたスピードで歩く。それがなんだかむず痒く思えてくる。昨日はラウス様の顔が真っ赤に染まっていたのに今日は反対に私が赤くなっていることだろう。
「辛い、よな……」
ラウス様は語りかけるようにそう口にすると私の膝の裏に手を差し込んで、体の前で横抱きにした。
「ラ、ラウス様!? 何をしているんですか!」
おそらく、というか確実にラウス様は私の身体の心配をしてくださっている。それはヒシヒシと伝わってくるのだ。
だがいくらなんでもこれは何とも恥ずかしい。
間近にラウス様の顔が見え、視線を逸らすも代わりにラウス様の手が肩に触れているのを目にしてしまう。するとまだ上があったのかと思うほどに顔はますます熱を帯びていく。
穴があったら、なんてそんな大層なことは言わないからせめてラウス様との間に顔を隠すような何かが欲しい。ないよりはマシだと両手で顔を隠せば、ラウス様は勘違いを重ねていく。
「部屋までの辛抱だからな……」
優しく気遣うような声で、包み込むような手で包まれて揺られていく。恥ずかしくなる一方で頭の隅には冷静な自分がいる。
ラウス様が想う人は別にいるのだと。
心配をしているのは想い人のことなのだと。
ラウス様の目の前にいるのは確かに私ではあるが、心にいるのは別人である。
カリバーン家に引き取られるまで私とラウス様は会ったことすらなくて、私が一方的に社交界の噂で聞いていただけだったのだ。そんな関係からプロポーズに繋がることはまずないだろう。
間違いなく人違いだ。
私とその相手を間違えるくらいだから、おそらくはその相手とも交流は盛んではないのだろうが一度や二度顔を合わせたことはあるのだろう。
こんな茶番が続くのはラウス様が飽きるか間違いに気づくかするまでで、私から終わりは告げることはできない。それは分かっているのに、理解しているのに、冷静にならないと勘違いをしそうになる自分もいる。
歓迎されて、心配されて。
たった2日、されど2日。
熱くなった顔とは正反対に心は冷めていく。
甘えてはいけないのだと、本物が見つかるまでの役目なのだと心に刻みつける。
私の役目は隣にいること。
決してラウス様を愛することでも、彼に愛されることでもないのだ。
「お気になさらないでください。私も楽しかったので……」
ラウス様は気にしているようだけど、今日一日を振り返ると『楽しかった』とその一言に尽きるのだ。
こんなに甘えてしまっていいのかと悩んでしまうほどに。
やはり朝と同様に量の多い食事を目の前にしながら、途切れてしまった会話の代わりに手を進める。とはいえ先ほどまであれだけのケーキを食べていたからかあまり食は進まない。自然とサラダやスープなど軽めのものに手が伸びる。
「ところで……」
しばらくの沈黙をその言葉で破ったということは先ほどの会話は入りに過ぎず、こちらが本題なのだろうと気を引き締める。
「ハーヴェイから聞いたんだが、ブーケの材料を取りに行きたいのだとか……」
「……ダメ、ですよね……」
お義母様の時といい、やはりハーヴェイさんは仕事が早い。おそらくは私がたどり着くまでのあのわずかな時間で告げられたのであろう。野菜を突いていたフォークを一旦置いて、空いた手を太ももに乗せて真っ直ぐとラウス様を見つめる。答えなんてわかっている。けれど少しくらいは期待せずにはいられなかった。
けれど、やはりその期待は裏切られることとなる。
「今の……帰らせる…………話が……るからな…………」
俯いているせいか、紡ぐ言葉は途切れ途切れにしか聞こえない。
「あの、ラウス様?」
その言葉を聞き返そうと声をかけてみたもののそちらはさして重要ではなかったらしく、顔を上げたラウス様は私がかろうじて聞き取った言葉とは違う言葉を投げてきた。
「ブーケの材料というと何か特殊なものでもあるのか? 王都になくても探させるぞ?」
それは朝方ハーヴェイさんと交わした会話によく似ていた。
だから余計に胸に深く突き刺さる。
「いえ……。ブーケはその、別になくても構いませんから……」
そう、なくても困りはしないのだ。
初めからブーケを作りたいというのは私のワガママに過ぎない。
お金もなければ、もらえる愛もないくせに提案した私が悪いのだ。
「だが……」
私の中である程度の踏ん切りがついていた分、この話は早めに切り上げたい。
掘り返されれば余計に諦めがつかなくなってしまう。憧れていた時間が長いだけ意外と根深いのだ。どうせ諦めなければいけないのならば傷は浅いほうがいい。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
これ以上話を続ける気はないのだとすまなさそうに頭を下げれば、ラウス様もその先を続けようとはしなかった。
「……食べないのか?」
会話が途切れたのと同じように完全に手が止まった私をラウス様は心配そうに見つめている。
「ええ、その……お腹がいっぱいで……」
それは嘘ではない。
先ほど勧められるがままに食べていたケーキはまだお腹の中に残っている。けれど、ラウス様に心配をかけてしまうほどに食べられないわけではない。実際に先ほどまでは、ブーケの話が出るまでは少しではあるが口に運んでいた。だがもうその気力すらなくなってしまっている。
「…………そうか。では部屋へと戻ることにするか……」
気落ちしているものの身体的な問題は全くなく、健康そのものなのだが、元気が無くなった私を具合が悪くなったと勘違いしたらしいラウス様はわざわざ私の席まで回って、手を差し出す。
「立てるか?」
「はい、あの、大丈夫ですから」
「遠慮はしなくていい」
遠慮なんてこれっぽっちもしていないのだが、差し出した手で私の手を優しく包み込んで歩き出す。その歩幅は私を気遣ってなのか昨日よりも小さく、そしてゆったりとしたスピードで歩く。それがなんだかむず痒く思えてくる。昨日はラウス様の顔が真っ赤に染まっていたのに今日は反対に私が赤くなっていることだろう。
「辛い、よな……」
ラウス様は語りかけるようにそう口にすると私の膝の裏に手を差し込んで、体の前で横抱きにした。
「ラ、ラウス様!? 何をしているんですか!」
おそらく、というか確実にラウス様は私の身体の心配をしてくださっている。それはヒシヒシと伝わってくるのだ。
だがいくらなんでもこれは何とも恥ずかしい。
間近にラウス様の顔が見え、視線を逸らすも代わりにラウス様の手が肩に触れているのを目にしてしまう。するとまだ上があったのかと思うほどに顔はますます熱を帯びていく。
穴があったら、なんてそんな大層なことは言わないからせめてラウス様との間に顔を隠すような何かが欲しい。ないよりはマシだと両手で顔を隠せば、ラウス様は勘違いを重ねていく。
「部屋までの辛抱だからな……」
優しく気遣うような声で、包み込むような手で包まれて揺られていく。恥ずかしくなる一方で頭の隅には冷静な自分がいる。
ラウス様が想う人は別にいるのだと。
心配をしているのは想い人のことなのだと。
ラウス様の目の前にいるのは確かに私ではあるが、心にいるのは別人である。
カリバーン家に引き取られるまで私とラウス様は会ったことすらなくて、私が一方的に社交界の噂で聞いていただけだったのだ。そんな関係からプロポーズに繋がることはまずないだろう。
間違いなく人違いだ。
私とその相手を間違えるくらいだから、おそらくはその相手とも交流は盛んではないのだろうが一度や二度顔を合わせたことはあるのだろう。
こんな茶番が続くのはラウス様が飽きるか間違いに気づくかするまでで、私から終わりは告げることはできない。それは分かっているのに、理解しているのに、冷静にならないと勘違いをしそうになる自分もいる。
歓迎されて、心配されて。
たった2日、されど2日。
熱くなった顔とは正反対に心は冷めていく。
甘えてはいけないのだと、本物が見つかるまでの役目なのだと心に刻みつける。
私の役目は隣にいること。
決してラウス様を愛することでも、彼に愛されることでもないのだ。