お茶会もお開きとなり自室へ戻ろうとすると、玄関の方へと向かって歩き出す使用人が妙に多いことに気づいた。
「どうかしたのですか?」
 そのうちの一人に理由を尋ねると、お義父様とラウス様が帰宅するのでその出迎えに行くという。
 ラウス様が屋敷の中にいれば私はラウス様の隣にいるという役目を果たさなければいけない。それに荷物を運ぶくらいならここまでいいとこなしの私でも役に立てるかもしれない。そうと決まれば急いで玄関まで足を運ぶ。
 するとすでに出遅れていた私の目に入ったのはそれぞれコートを脱ぎ、カバンを使用人へと手渡していたラウス様とお義父様の姿だった。これでは何のために来たのかわからない。周りを窺うとお義母様は帰って来たお義父様と今日あった出来事を話しており、使用人達は一様に頭を下げている。
 お義母様のように歓談することは出来ないが使用人達の真似なら出来る!
 そう思って「おかえりなさいませ」とラウス様に頭を下げたものの、あまりラウス様の反応は良くなかった。いやむしろ悪かった。私に焦点を合わせて固まってしまっているのだ。
 そんなに不恰好でもなかったと思うのだが、何か気に入らない点でもあったらしい。
 精鋭揃いのカリバーン家の使用人と、その見よう見まねでやって見た私とでは完成度の差は歴然なものなのだろう。

 たかが出迎え、されど出迎え、だ。
 疲れて帰って来たのに中途半端なものを見せられてしまって機嫌を害してしまったのだろう。頭は定位置に戻したが、視線はラウス様を直視できない。こんなことだったら大人しく部屋にでも引っ込んでいればよかったと今更ながらに後悔しても遅いというものだろう。
 はぁ……っと小さくため息を吐くとようやく固まったままのラウス様が動き出す。
「モリア、とりあえず夕飯でも食べようか」
「……はい」
 未だに表情の固いラウス様と失敗が重くのしかかる私は無言で朝と同じ部屋へと足を運んで行く。
 けれど朝とは違い、その部屋の前には仁王立ちをして胸の前でテディベアを抱える少女と、その少女をどうにか説得しようと焦る使用人の姿があった。
 その少女は確かラウス様の妹さんだったような……。
 かすかに残る昨晩の夕食の席の記憶に彼女とよく似た少女がいた。それに少女の胸に大事そうに抱えられたテディベアは確かに今朝方、彼女の膝の上に乗っているところをチラリと目にしている。
「アンジェリカ? 何をしているんだ?」
 彼女はどうやらアンジェリカというらしい。これで名前の問題は解決したといえよう。よかった、よかった……と胸を撫で下ろしたいところだが彼女の発する雰囲気がそれを許さない。
 ラウス様に声をかけられたアンジェリカ様は雪のように真っ白な頬をぷっくりと膨らませてこちらを可愛らしく睨みつける。
 何か悪いことをしてしまったのだろうか?という罪悪感とそのモチモチの肌をつついて見たいという興味、そのどちらにも一斉に襲われる。
「えっと……そのアンジェリカ様? 私、何かしましたか?」
 けれどこの雰囲気の中、さして仲良くはない少女の肌を突くなんて愚行を選ぶことはせずに彼女の気を沈めるための選択をする。
「お茶会……」
 アンジェリカ様が顔をテディベアに埋めながら小さく口に出した言葉にいち早く反応したのはラウス様だった。
「は?」
 それがアンジェリカ様の火に油を注ぐ形になった。大事そうに抱えていたテディベアの首が締まり、息苦しそうにするのも御構い無しに力強く抱きしめてズンズンとこちらとの距離を詰める。
「なぜ私だけ仲間外れにするんですか!」
「え、ええっと?」
「私だって、私だって一緒にお茶、したかったのに……」
 どうやらアンジェリカ様は先ほどの私とサキヌ様、そしてお義母様の三人で行ったお茶会に参加したかったらしい。思えばお義父様とラウス様はお仕事で不在なのはわかるとしてもなぜか彼女までもが不在だった。
「よりによって行きたくもない付き合いのお茶会に、渋々顔を出した日に!」
 可愛らしいテディベアを抱えている少女が、私の半分ほどの年齢であろうアンジェリカ様がお茶会に嫌々参加するなんて、身分が高ければその分しがらみも多いのかもしれない。
 ケーキの食べ方一つで緊張してしまうことがお茶会の悩みだった私とは雲泥の差がある。
「私だって、私だってお義姉様とお茶を楽しみたいのです!」
 私の悩みは違うけれど、怒っている内容は仲間外れにされたことで、その歳にふさわしいとも言える。
 そう思うとプリプリと怒るアンジェリカ様が可愛くてしょうがなく思えてくる。
 わずかとなったアンジェリカ様との距離をもっと詰めて、そして彼女の視線と合うようにしゃがむと彼女の手を握った。
「アンジェリカ様、煩わしくなければ私ともお茶会してくださいますか?」
 そう問うと途端にアンジェリカ様は途端に目を輝かせる。再び力強く抱きしめられたテディベアだが今度はどこか嬉しそうだ。
「もちろんです! では明日なんていかがでしょう!」
「ええ、楽しみにしていますね」
「はい! シェード、シェフと明日のお茶会について話し合いをしますわよ!」
 すっかり忘れ去られていた使用人を引き連れたアンジェリカ様はダイニングルームとは逆方向、おそらくはキッチンのある方向へと進んで行った。
「ふんふふん〜」
 鼻歌を歌いながら去っていくアンジェリカ様の蜂蜜色のフワフワとした髪はフリルたっぷりのドレスと仲良く揺れていた。