未だに並び順で揉め続ける二人の後を追う形でたどり着いたのは、私が朝方植え替えを手伝ったのとは反対側に位置する庭だった。
「綺麗……」
そこに一歩足を踏み入れると呟くように言葉が漏れた。
辺りには手入れの行き届いた真っ赤なバラが咲き誇っている。どれも溢れるほどの自信があるのか、庭に用意されたお茶会のセットにその美しい顔を見せている。
その主役に見える鮮やかなバラの赤とそれを支える葉の緑が敢えて脇役に徹することで真っ白なティーテーブルは居心地よさげに、そこが自身の居場所であると信じて疑っていないように鎮座出来るのだ。
「ここはカリバーン家自慢の庭なのよ!」
庭全体に目を奪われている私にお義母様は嬉しそうに胸を張る。
屋敷に飾られた花瓶や絵画は見る人によってはその素晴らしさがわかるのだろうが、私にはよくわからない。それよりも足を一歩踏み入れただけで虜にされてしまった庭の方が心惹かれる。
「義姉さん、座りなよ。ずっと立っていたら疲れちゃうだろう?」
「え、ええ」
サキヌ様に声をかけられなければずっと私はその場に立ち尽くしていたことだろう。それほどまでにこの庭は美しく、そして侵してはいけない場所だと思わせたのだ。
サキヌ様はいつまで立っても動こうとはしない私の手を引いて歩き出す。ゆっくりと一歩進むたびに自分の手から先は御伽噺の中へとつながっているのではないかと錯覚しそうになる。
けれどそんなロマンチックな錯覚はティーテーブルに近づくと簡単に崩れ去った。
「サキヌ、今度こそモリアちゃんが真ん中よ!」
「お母様、席の配置を変えましたね?」
「さすがサキヌね。これなら今からモーチェスト様の補佐としてもやっていけるわ」
「誤魔化さないでください!」
この庭に移動する間も並び順で揉めたのならばやはり今度は席順でも揉めるらしい。
なぜこんなにも歓迎されているのかは未だにわからないが、緊張していた身体と心はスッカリと解れてきている。
「義姉さんの席はここでいい?」
「モリアちゃんも早く座って? お茶しましょ」
話し合い?の結果、席の間を等間隔にすること、そして私が真ん中の席に座ることになったらしい。ポッカリと空いた真ん中の椅子に腰を下ろすと、目の前の取り皿には同時に違う種類の小さなケーキが乗せられる。
「モリアちゃん、これ美味しいから食べて?」
「義姉さん、これ俺のオススメなんだ」
目の前にはケーキスタンドがあり、それは私からも取れる位置にある。だからわざわざ取ってもらう必要はない。ない……のだが、そう微笑まれ、期待の眼差しで見つめられてはそれらから食べる以外の選択肢はない。
「いただきますね」
まずは利き手側にあるサキヌ様が乗せたケーキだ。一口大になった可愛らしいケーキは切ることなく私の口へと運んでいく。
「ん! ……美味しい、です」
主張を抑えたスポンジに甘さ控えめの生クリーム、そして主役の砂糖漬けのフルーツは絶妙にその良さを引き立てあっている。お上品に小さく切ってしまってはこの良さを感じることはできないだろう。まさにこの大きさだからこそ、一口で食べ切るからこそ口の中に幸せを運び込むケーキとなるのだ。
幸せに浸っていると選んだケーキと反対側からは機嫌の悪そうな声が漏れ聞こえる。
「モリアちゃん、サキヌのばっかり味わってないで私のも食べてちょうだい!」
「あ、はい」
お義母様に急かされる形でもう一つのケーキを口に運ぶ。
今度はサクサクとしたパイ生地と濃厚なカスタードクリームが何層にもわたって積み重ねっており、その上には絞り出したカスタードとイチゴがちょこんと乗せられている。
先ほどのケーキが絶妙な甘さで統一されていたのならばこちらはカスタードの甘みとイチゴのほのかな酸味によって構成されている。
どちらもその特徴は違いながら食べたものを幸せにさせるのは同じだ。口を動かすたびに幸せが飛び跳ねて口の中で充満する。
「……幸せ……」
借金の片としてやって来たのにこんなに幸せでいいのかと問いたくなる。
幸せに浸る私を左右の二人は目を丸くして見つめている。彼らが頻繁、とはいかなくても幾度となく食べているケーキをこんなに幸せそうに食べているのはさも不思議な光景に見えるのかもしれない。だが私にとってケーキといえば山で採れた木の実や果実を使って焼いたケーキか、結婚式などのお祝い事で出されるケーキかのおおよそ二択に分類される。お茶会に呼ばれた時にも出されるけど、あれは緊張していて味わえたことがないからケーキとしてはカウントしない。あれは小さな何かでしかないのだ。
最後にクリームの乗ったケーキを食べたのは2年前のお姉様の結婚式で、私にとってはそれ以来の、久しぶりのクリームのケーキなのだ。木の実や果実を使ったケーキも嫌いではないが、クリームがあった方が『特別』って感じがする。
「モリアちゃん、こっちも食べて」
「義姉さん、これも美味しいから」
目を丸くしていた二人はケーキスタンドからいくつものケーキを自分のお皿に乗せて私の前へと差し出した。これでは二人のお皿がなくなってしまう。
「お二人のお皿が……」
「気にしないで!」
「俺は義姉さんを見ているだけで充分だから」
二人はお茶をすすりながら頑なにお皿とケーキの返却は受け入れようとはしない。
「え、えっとじゃあ……いただきます」
「ああ」
「好きなだけ食べて」
二人の私に向ける目はまるで我が子を見つめる父と母のようで、そんな中一人だけ食べるというのはいささか居心地が悪い。けれどケーキを食べればそんなことは気にもならず、やはり幸せの前では色々と優先順位が狂うものだなと実感する。
結局私はお皿に乗せて出された10ものケーキを全て完食し、お義母様とサキヌ様は最後まで一つもケーキを食べなかった。
けれど二人ともケーキをお腹いっぱい食べた私と同じくらい満足そうな笑顔を浮かべていた。
「またお茶会しましょうね!」
お義母様が三杯目となった、夕焼けと同じ色をした紅茶をすすりながら提案した時は一も二もなく「はい、是非!」と元気よく返事をしたのであった。
「綺麗……」
そこに一歩足を踏み入れると呟くように言葉が漏れた。
辺りには手入れの行き届いた真っ赤なバラが咲き誇っている。どれも溢れるほどの自信があるのか、庭に用意されたお茶会のセットにその美しい顔を見せている。
その主役に見える鮮やかなバラの赤とそれを支える葉の緑が敢えて脇役に徹することで真っ白なティーテーブルは居心地よさげに、そこが自身の居場所であると信じて疑っていないように鎮座出来るのだ。
「ここはカリバーン家自慢の庭なのよ!」
庭全体に目を奪われている私にお義母様は嬉しそうに胸を張る。
屋敷に飾られた花瓶や絵画は見る人によってはその素晴らしさがわかるのだろうが、私にはよくわからない。それよりも足を一歩踏み入れただけで虜にされてしまった庭の方が心惹かれる。
「義姉さん、座りなよ。ずっと立っていたら疲れちゃうだろう?」
「え、ええ」
サキヌ様に声をかけられなければずっと私はその場に立ち尽くしていたことだろう。それほどまでにこの庭は美しく、そして侵してはいけない場所だと思わせたのだ。
サキヌ様はいつまで立っても動こうとはしない私の手を引いて歩き出す。ゆっくりと一歩進むたびに自分の手から先は御伽噺の中へとつながっているのではないかと錯覚しそうになる。
けれどそんなロマンチックな錯覚はティーテーブルに近づくと簡単に崩れ去った。
「サキヌ、今度こそモリアちゃんが真ん中よ!」
「お母様、席の配置を変えましたね?」
「さすがサキヌね。これなら今からモーチェスト様の補佐としてもやっていけるわ」
「誤魔化さないでください!」
この庭に移動する間も並び順で揉めたのならばやはり今度は席順でも揉めるらしい。
なぜこんなにも歓迎されているのかは未だにわからないが、緊張していた身体と心はスッカリと解れてきている。
「義姉さんの席はここでいい?」
「モリアちゃんも早く座って? お茶しましょ」
話し合い?の結果、席の間を等間隔にすること、そして私が真ん中の席に座ることになったらしい。ポッカリと空いた真ん中の椅子に腰を下ろすと、目の前の取り皿には同時に違う種類の小さなケーキが乗せられる。
「モリアちゃん、これ美味しいから食べて?」
「義姉さん、これ俺のオススメなんだ」
目の前にはケーキスタンドがあり、それは私からも取れる位置にある。だからわざわざ取ってもらう必要はない。ない……のだが、そう微笑まれ、期待の眼差しで見つめられてはそれらから食べる以外の選択肢はない。
「いただきますね」
まずは利き手側にあるサキヌ様が乗せたケーキだ。一口大になった可愛らしいケーキは切ることなく私の口へと運んでいく。
「ん! ……美味しい、です」
主張を抑えたスポンジに甘さ控えめの生クリーム、そして主役の砂糖漬けのフルーツは絶妙にその良さを引き立てあっている。お上品に小さく切ってしまってはこの良さを感じることはできないだろう。まさにこの大きさだからこそ、一口で食べ切るからこそ口の中に幸せを運び込むケーキとなるのだ。
幸せに浸っていると選んだケーキと反対側からは機嫌の悪そうな声が漏れ聞こえる。
「モリアちゃん、サキヌのばっかり味わってないで私のも食べてちょうだい!」
「あ、はい」
お義母様に急かされる形でもう一つのケーキを口に運ぶ。
今度はサクサクとしたパイ生地と濃厚なカスタードクリームが何層にもわたって積み重ねっており、その上には絞り出したカスタードとイチゴがちょこんと乗せられている。
先ほどのケーキが絶妙な甘さで統一されていたのならばこちらはカスタードの甘みとイチゴのほのかな酸味によって構成されている。
どちらもその特徴は違いながら食べたものを幸せにさせるのは同じだ。口を動かすたびに幸せが飛び跳ねて口の中で充満する。
「……幸せ……」
借金の片としてやって来たのにこんなに幸せでいいのかと問いたくなる。
幸せに浸る私を左右の二人は目を丸くして見つめている。彼らが頻繁、とはいかなくても幾度となく食べているケーキをこんなに幸せそうに食べているのはさも不思議な光景に見えるのかもしれない。だが私にとってケーキといえば山で採れた木の実や果実を使って焼いたケーキか、結婚式などのお祝い事で出されるケーキかのおおよそ二択に分類される。お茶会に呼ばれた時にも出されるけど、あれは緊張していて味わえたことがないからケーキとしてはカウントしない。あれは小さな何かでしかないのだ。
最後にクリームの乗ったケーキを食べたのは2年前のお姉様の結婚式で、私にとってはそれ以来の、久しぶりのクリームのケーキなのだ。木の実や果実を使ったケーキも嫌いではないが、クリームがあった方が『特別』って感じがする。
「モリアちゃん、こっちも食べて」
「義姉さん、これも美味しいから」
目を丸くしていた二人はケーキスタンドからいくつものケーキを自分のお皿に乗せて私の前へと差し出した。これでは二人のお皿がなくなってしまう。
「お二人のお皿が……」
「気にしないで!」
「俺は義姉さんを見ているだけで充分だから」
二人はお茶をすすりながら頑なにお皿とケーキの返却は受け入れようとはしない。
「え、えっとじゃあ……いただきます」
「ああ」
「好きなだけ食べて」
二人の私に向ける目はまるで我が子を見つめる父と母のようで、そんな中一人だけ食べるというのはいささか居心地が悪い。けれどケーキを食べればそんなことは気にもならず、やはり幸せの前では色々と優先順位が狂うものだなと実感する。
結局私はお皿に乗せて出された10ものケーキを全て完食し、お義母様とサキヌ様は最後まで一つもケーキを食べなかった。
けれど二人ともケーキをお腹いっぱい食べた私と同じくらい満足そうな笑顔を浮かべていた。
「またお茶会しましょうね!」
お義母様が三杯目となった、夕焼けと同じ色をした紅茶をすすりながら提案した時は一も二もなく「はい、是非!」と元気よく返事をしたのであった。