「とりあえず朝食でも食べよう」
頭を抑えてうずくまっていたラウス様はそう言って立ち上がった。
「ラウス様、体調はもう大丈夫なのですか?」
「ああ」
ほんの少しの間しか休んではいないものの、もう回復したらしい。
もしかしたらラウス様は頭痛持ちなのかもしれない。私は風邪を引いた時くらいしか頭は痛くならないけれどラウス様と私じゃ立場も生活も全く違うし、ストレスがかかることも多いのだろう。お兄様のお友達の、商会の会長さんなんかはいつも頭が痛いって頭を抱えてはよし!と気合を入れて立ち上がったりするのだ。
「体調が悪くなったら遠慮なく言ってください。支えるくらいなら私でも出来ると思いますので」
そんなラウス様に私が出来ることと言ったらそれくらいだろう。使用人の方を呼ぶこともできるけれど、それはついさっきラウス様によって止められてしまった。
「……ああ」
顔をしかめて返事をするラウス様。もしかしたらあまり体調が悪いことを他人に悟られたくないのかもしれない。ならばいち早く対応するのが私の役目なのではないか。
側にいてほしい、そう願ったのはラウス様が好意を寄せているのは私ではない誰かで、けれど私にはカリバーン家に多額の借金があるから人違いだとしても婚姻は断れない。
私に出来ることといえばその誰かが判明するまでの間、しっかりと勤めを果たすことだ。
「ラウス様、私、頑張りますから!」
「……それは……ことか」
「どうかなさいましたか?」
後半が聞き取れなくてラウス様に身体を寄せて声を拾おうとすると、ラウス様は熟したトマトのように美味しそうな赤色に顔を染め上げる。
……もしかしたらラウス様を悩ませているのは頭痛だけではないのかもしれない。
ダイニングルームのドアの前で待ち構えていた使用人が扉を開ける直前ラウス様は振り向いた。
「モリアはここで少し待っていてくれ」
「はい」
やっぱり朝食は別々だよねと一人納得していると閉ざされた扉はすぐに開かれた。……がそこから出てきたのはラウス様ではなかった。
「なにぶん不器用な子ではあるが、これからも息子をよろしく頼む」
「兄さんは色々あれだけど、義姉さんのことを思っているのは本当だから!」
「勉強ばっかりしていたせいで多少頭が固い子に育ってしまったけれどいい子は確かなの!」
「お兄様を頼めるのはお義姉様だけなのです!」
ラウス様以外のカリバーン家の方々に詰め寄られ、頷く暇もなく捲し立てられる。
「は、はぁ……」
「何か不満があったら遠慮なくいうのよ? なくても言ってちょうだいね!」
縋り付くような姿勢をとる女性はラウス様のお母様で間違いはないのだろう。
私もこの歳まで恋愛一つしてこなかったから人のこと言える立場ではないけれど、ご家族がこんなに必死になるなんて、色々とあるんだろうなぁ……。
「至らないところも多くありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
ここまで必死に頼まれてはこちらも全力でサポートしなければならないだろう。それにはまずラウス様がどんな人物か知ることから始めよう。
私たちは昨日会ったばかりなのだから。
「とにかく俺たちは朝食を食べようか」
ラウス様は私から女性を引き離して、ラウス様のお父様らしき妙齢の男性に向かって突き飛ばす。そして身体をクルリと反転させて私に笑みを向ける。
「ラウス、お母様に向かってその態度はないんじゃないかしら?」
見事に受け止められたラウス様のお母様が苦言をこぼしてもラウス様は気に留めない。それどころか周りにいる使用人たちでさえ特に動じた様子はなかった。
「ラウス様とモリア様の朝食はこちらにご用意してあります」
「ああ。行こうか、モリア」
そしてラウス様は私の腰に手を添えてエスコートをしてくれる。扉に背を向ける直前、ラウス様のお父様は親指をグッと天井に向けていて、あとの三人は何だかまだ言い足りないような表情をラウス様に向けていた。
それから案内されたのは先ほどのダイニングルームからさほど離れてはいない部屋だった。
机の上にはすでに朝食が所狭しと並べられていた。しかしその机に刺さっているのは二つの椅子。どうやらこれは私とラウス様のために用意された食事らしい。身をわきまえたつもりが余計な手間をかけさせてしまって申し訳ないと部屋に入ってすぐのところに控えていた使用人にペコリと心ながらの謝罪をする。
それから明らかに二人では食べきれない量の食事を黙々と無言でとり続けていった。昨晩はあまり気にならなかったけれどラウス様はその身体のどこに入るのか疑問になるほどよく食べる方だった。
普段は私も食べる方ではあるけれど、昨晩出されるがままに食べていた割に、運動していないのと、もう空腹のピークが過ぎ去ったせいであまりお腹は減っていない。
普段はかぶり付くパンをわざわざ一口大に千切ってから口に放り込んでいると無言を貫いていたラウス様がやっと口を開いた。
「その……モリア。結婚式のことなんだが……」
「結婚式……ですか?」
そう聞いてまずはじめに思ったのは、結婚式するの?という驚きだった。
私がカリバーン家にやってきたのは借金のカタとしてであり、そもそも人違いである。けれどラウス様は私のことを思い人であると疑っていないのだから、結婚式を挙げたいと思うのは不思議ではないのかもしれない。
結婚式って結構費用がかかるし、何より結婚式に参加するのが私でいいのかな?なんて思ったりもする。
「針子に聞いてみたところウエディングドレスが出来るまでに時間がかかるらしい。だから式を挙げるのは一ヶ月くらい先になるんだが……」
だが決定権はラウス様にあるのだ。
ラウス様がそう決めたのであれば私は従うほかないのだろう。
「そうですか……。じゃあ、そろそろブーケのデザイン、考えて早々に作り始めた方がいいですね」
「ブーケ?」
「はい。結婚式をやるなら必要ですし……。ラウス様はどんな花がいいですか?」
本当はもっと早くからデザインを考えて、使う花を用意する。だから正直好きな花を選んでもらっても時期の花でもない限りブーケ作りまでに手に入るかどうかは怪しいものがある。
けれど、私のそんな悩みは杞憂に終わった。
「そうだな……。モリアが好きな花がいい」
「そう、ですか……」
少し考えてからそう告げて、ラウス様は再びお皿に視線を下げてしまった。
サンドリア家は昔から夫婦になる二人が好きな花を集めて、それをエバーラスティングフラワーのブーケにして来場者に向かって投げる習慣がある。
半永久的に枯れない花と永遠の愛をかけているのだ。
幼い頃は結婚するときはどんな花で作ろうかと想像していた。だから少しだけ寂しく思う。これは他の家とは違い、恋愛結婚をするサンドリア家ならではの習慣で、それに則りはするもののそもそも私とラウス様は恋愛結婚でも何でもない。それにラウス様は日々忙しさに追われている人なのだ。そんな独特の習慣に時間を割いてもらうのは無駄としか言いようがない。
もしこの結婚が恋愛結婚であるならば、ブーケの意味を説明して、相手がどんなに忙しかろうとも一生に一度なのだからとわがままを言ってでも花を一緒に選んでもらうところだが……さすがにそんなことをラウス様には頼める訳がない。とはいえ私一人で好きな花を選べば色や花は同じ物ばかりになってしまう。
ならば今の季節の花々で色合いよく作るのがいいだろう。
サンドリアの領土の山にはちょうど夏の花がたくさん咲いていることだし、そこから見繕ってくることにしよう。
頭を抑えてうずくまっていたラウス様はそう言って立ち上がった。
「ラウス様、体調はもう大丈夫なのですか?」
「ああ」
ほんの少しの間しか休んではいないものの、もう回復したらしい。
もしかしたらラウス様は頭痛持ちなのかもしれない。私は風邪を引いた時くらいしか頭は痛くならないけれどラウス様と私じゃ立場も生活も全く違うし、ストレスがかかることも多いのだろう。お兄様のお友達の、商会の会長さんなんかはいつも頭が痛いって頭を抱えてはよし!と気合を入れて立ち上がったりするのだ。
「体調が悪くなったら遠慮なく言ってください。支えるくらいなら私でも出来ると思いますので」
そんなラウス様に私が出来ることと言ったらそれくらいだろう。使用人の方を呼ぶこともできるけれど、それはついさっきラウス様によって止められてしまった。
「……ああ」
顔をしかめて返事をするラウス様。もしかしたらあまり体調が悪いことを他人に悟られたくないのかもしれない。ならばいち早く対応するのが私の役目なのではないか。
側にいてほしい、そう願ったのはラウス様が好意を寄せているのは私ではない誰かで、けれど私にはカリバーン家に多額の借金があるから人違いだとしても婚姻は断れない。
私に出来ることといえばその誰かが判明するまでの間、しっかりと勤めを果たすことだ。
「ラウス様、私、頑張りますから!」
「……それは……ことか」
「どうかなさいましたか?」
後半が聞き取れなくてラウス様に身体を寄せて声を拾おうとすると、ラウス様は熟したトマトのように美味しそうな赤色に顔を染め上げる。
……もしかしたらラウス様を悩ませているのは頭痛だけではないのかもしれない。
ダイニングルームのドアの前で待ち構えていた使用人が扉を開ける直前ラウス様は振り向いた。
「モリアはここで少し待っていてくれ」
「はい」
やっぱり朝食は別々だよねと一人納得していると閉ざされた扉はすぐに開かれた。……がそこから出てきたのはラウス様ではなかった。
「なにぶん不器用な子ではあるが、これからも息子をよろしく頼む」
「兄さんは色々あれだけど、義姉さんのことを思っているのは本当だから!」
「勉強ばっかりしていたせいで多少頭が固い子に育ってしまったけれどいい子は確かなの!」
「お兄様を頼めるのはお義姉様だけなのです!」
ラウス様以外のカリバーン家の方々に詰め寄られ、頷く暇もなく捲し立てられる。
「は、はぁ……」
「何か不満があったら遠慮なくいうのよ? なくても言ってちょうだいね!」
縋り付くような姿勢をとる女性はラウス様のお母様で間違いはないのだろう。
私もこの歳まで恋愛一つしてこなかったから人のこと言える立場ではないけれど、ご家族がこんなに必死になるなんて、色々とあるんだろうなぁ……。
「至らないところも多くありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
ここまで必死に頼まれてはこちらも全力でサポートしなければならないだろう。それにはまずラウス様がどんな人物か知ることから始めよう。
私たちは昨日会ったばかりなのだから。
「とにかく俺たちは朝食を食べようか」
ラウス様は私から女性を引き離して、ラウス様のお父様らしき妙齢の男性に向かって突き飛ばす。そして身体をクルリと反転させて私に笑みを向ける。
「ラウス、お母様に向かってその態度はないんじゃないかしら?」
見事に受け止められたラウス様のお母様が苦言をこぼしてもラウス様は気に留めない。それどころか周りにいる使用人たちでさえ特に動じた様子はなかった。
「ラウス様とモリア様の朝食はこちらにご用意してあります」
「ああ。行こうか、モリア」
そしてラウス様は私の腰に手を添えてエスコートをしてくれる。扉に背を向ける直前、ラウス様のお父様は親指をグッと天井に向けていて、あとの三人は何だかまだ言い足りないような表情をラウス様に向けていた。
それから案内されたのは先ほどのダイニングルームからさほど離れてはいない部屋だった。
机の上にはすでに朝食が所狭しと並べられていた。しかしその机に刺さっているのは二つの椅子。どうやらこれは私とラウス様のために用意された食事らしい。身をわきまえたつもりが余計な手間をかけさせてしまって申し訳ないと部屋に入ってすぐのところに控えていた使用人にペコリと心ながらの謝罪をする。
それから明らかに二人では食べきれない量の食事を黙々と無言でとり続けていった。昨晩はあまり気にならなかったけれどラウス様はその身体のどこに入るのか疑問になるほどよく食べる方だった。
普段は私も食べる方ではあるけれど、昨晩出されるがままに食べていた割に、運動していないのと、もう空腹のピークが過ぎ去ったせいであまりお腹は減っていない。
普段はかぶり付くパンをわざわざ一口大に千切ってから口に放り込んでいると無言を貫いていたラウス様がやっと口を開いた。
「その……モリア。結婚式のことなんだが……」
「結婚式……ですか?」
そう聞いてまずはじめに思ったのは、結婚式するの?という驚きだった。
私がカリバーン家にやってきたのは借金のカタとしてであり、そもそも人違いである。けれどラウス様は私のことを思い人であると疑っていないのだから、結婚式を挙げたいと思うのは不思議ではないのかもしれない。
結婚式って結構費用がかかるし、何より結婚式に参加するのが私でいいのかな?なんて思ったりもする。
「針子に聞いてみたところウエディングドレスが出来るまでに時間がかかるらしい。だから式を挙げるのは一ヶ月くらい先になるんだが……」
だが決定権はラウス様にあるのだ。
ラウス様がそう決めたのであれば私は従うほかないのだろう。
「そうですか……。じゃあ、そろそろブーケのデザイン、考えて早々に作り始めた方がいいですね」
「ブーケ?」
「はい。結婚式をやるなら必要ですし……。ラウス様はどんな花がいいですか?」
本当はもっと早くからデザインを考えて、使う花を用意する。だから正直好きな花を選んでもらっても時期の花でもない限りブーケ作りまでに手に入るかどうかは怪しいものがある。
けれど、私のそんな悩みは杞憂に終わった。
「そうだな……。モリアが好きな花がいい」
「そう、ですか……」
少し考えてからそう告げて、ラウス様は再びお皿に視線を下げてしまった。
サンドリア家は昔から夫婦になる二人が好きな花を集めて、それをエバーラスティングフラワーのブーケにして来場者に向かって投げる習慣がある。
半永久的に枯れない花と永遠の愛をかけているのだ。
幼い頃は結婚するときはどんな花で作ろうかと想像していた。だから少しだけ寂しく思う。これは他の家とは違い、恋愛結婚をするサンドリア家ならではの習慣で、それに則りはするもののそもそも私とラウス様は恋愛結婚でも何でもない。それにラウス様は日々忙しさに追われている人なのだ。そんな独特の習慣に時間を割いてもらうのは無駄としか言いようがない。
もしこの結婚が恋愛結婚であるならば、ブーケの意味を説明して、相手がどんなに忙しかろうとも一生に一度なのだからとわがままを言ってでも花を一緒に選んでもらうところだが……さすがにそんなことをラウス様には頼める訳がない。とはいえ私一人で好きな花を選べば色や花は同じ物ばかりになってしまう。
ならば今の季節の花々で色合いよく作るのがいいだろう。
サンドリアの領土の山にはちょうど夏の花がたくさん咲いていることだし、そこから見繕ってくることにしよう。