無事に思いを通じ合わせた私達。
ディートリッヒ様が「王子達にも報告したい」とおっしゃるので、翌日、馬車に揺られて城へ向かった。
中はいつも通りというべきか静寂に包まれていた。けれど私が何かを勘違いして心配することはない。
いつも通りの無表情。けれど組んだ両手に口を寄せながら前傾姿勢を取る様子から緊張しているということはありありと伝わってくるのだ。
いつも通り会えばいいだけなのに。
そんな姿すらも愛おしくて思わずクスっとしてしまうのだった。
――が、私が余裕でいられたのはその時だけだった。
シンドラー王子とマリー様に近々結婚することを告げた。
男爵令嬢と公爵家次期当主との結婚という、あまりにも身分の開いたその恋に二人は目を見開いた。
もしかして別れろって言われるのかしら?
お二人は応援してくれると思いこんでいただけに、固まってしまったことが心配でならない。
そうなれば味方はあのラティリアーナ様と……後はセルロトとフランカかしら? お姉さまやジャックも喜んでくれるといいのだけど……。
「大丈夫だ」
ディートリッヒ様は弱気になってしまった私の肩を抱いてくれる。
「ディートリッヒ様……」
そうよね。
身分差なんて初めから分かりきっていたことだものね。
祝福されずとも、この思いは変わることはない。
ディートリッヒ様から勇気をもらうように彼に寄り添う。
するとそれを合図に二人はすくっと立ち上がった。
「お母様に伝えなくては!」
「隊のメンバーに送る手紙を作成するわ! 出来上がり次第、各地に送りなさい!」
そしてなんだか大層なことを口にして、部屋から飛び出していった。
「これは……認めてもらえたということでいいのでしょうか?」
「お二人の間ではすでに認める認めないの基準になかったのだろう。もう、ドレスもほとんど完成しているようだし」
「ドレス?」
一体なんのこと?
首を捻れば、ディートリッヒ様も同じように首を捻った。
「希望のドレス案、話し合ってただろう?」
「へ?」
「もしかして、知らずに話していたのか?」
「だってあれはマリー様のだとばかり!」
「私はあれ以来、気持ちを通じ合わせているのだと思っていた。自分相手のドレスを選んでくれるほどに、と。だからアイヴィーの友人相手に嫉妬して、部屋の花冠を見た時はその身を引こうと決意したのだが……。そうか、始まってすらいなかったのか……」
誰が相手も正式に決まっていない状態でドレスを選んでいると想像するか。マリー様のドレスだと思ってノリノリで選んでしまった過去の自分が恥ずかしい。だがお相手がディートリッヒ様だと分かれば、騎士様の正装に似ているのも納得である。
だが気づかなかったのは何も私だけの責任ではない。
「でもディートリッヒ様、怒ってたじゃないですか」
シンドラー王子とマリー様に仕舞わせたディートリッヒ様だって悪いのだ。
わざとらしく頬を膨らませれば、ディートリッヒ様はコテンと首を捻る。
「妻の結婚衣装を一緒に決めたいと思うのは何も不思議なことではないだろう?」
「………………そうですね!」
表情一つ変わらないのに、私の胸を確実に射止めにかかる。
なんて破壊力だ……。思わず真っ赤に染まった顔を両手で覆うのだった。
それからわずか一ヶ月としないで、結婚の準備は整っていった。
マリー様とシンドラー王子が仕立ててくれていたウェディングドレスは微調整を残すのみ。話し合いの時には名前すら出ていなかったアイビーが裾に刺繍されているのを見つけた時は思わず涙がにじんでしまったほど。
「似合っているわ。ディートリッヒ様にあげるのがもったいないくらい!」
結婚式当日、ウェディングドレス姿の私にそんな言葉をかけてくれるマリー様はまるで自分のことのように笑ってくれた。
「おめでとう。アイヴィー」
「ありがとうっ、ございますっ……」
大切な人に祝福してもらえることが嬉しくて、私の涙はせき止めることを忘れたように溢れ出す。
「泣くのは早いわよ」
仕方ないわねぇなんてハンカチで涙を押さえてくれるマリー様。
そんな姿はまさしく乙女のようで、数週間前からシンドラー王子と共に厳しい花冠講座を開いていた人とは別人のようだった。だが彼女達のおかげで私の頭にはディートリッヒ様渾身の一品が乗っている。
「ほら、そろそろ行かないと。ディートリッヒ様が待ちきれなくて、こっちまで来ちゃうわ」
「はい!」
マリー様に背中を押され、式場へと向かう。
王都に来たばかりの頃の私は、まさかお姉様よりも早く結婚するなんて思っていなかった。
それに田舎から出てきてくれたお姉さまとジャックがぽかんと口を空けてたたずむほど豪華な式を挙げることも。
ささやかなものでも記憶に残る式にしようとディートリッヒ様と話していたのだが、そんなところに豪華な面々が意義を唱えたのだ。
その結果、第一王子にリアゴールド家の令嬢、アッシュ家の令嬢と豪華な面々のバックアップを受けた結婚式になったという訳だ。
ここにBIG3の一角であったらしい王妃様も加わっているらしいのだが、そこは現実逃避したい。
だって王妃様にずっと心配されていたなんて恥ずかしすぎるんだもの!
「緊張しているのか?」
「そりゃあ、一生に一度の式ですもの。ディートリッヒ様は緊張なさっていないのですか?」
「緊張よりも嬉しさの方が大きい。やっと、アイヴィーが私の妻であると胸を張って言えるのだから」
「ディートリッヒ様……」
私達が会場に選んだのは天使様のステンドグラスが飾られた教会だ。
少し狭いが、思いでの場所だからとのディートリッヒ様の言葉で決定したのだ。
何でも彼は天使様に私と一緒に幸せになることを願ってくれたらしい。
だから始まりはここからにしたい、と。
真顔でそう告げるから、こちらが恥ずかしくなって思わず顔を赤らめてしまった。
思いを伝えあった日から、ディートリッヒ様は自身の気持ちを伝えてくれるようになった。
何でもマリー様とラティリアーナ様からのアドバイスらしいのだが、恥ずかしげもなくストレートに思いを伝えられる身にもなってほしい。心臓がいくつあっても足りないわ。今だって、もう少しで会場に入るところなのに、心臓は跳ね上がってしまっている。これでは緊張どころではない。けれどそのおかげで私は恥ずかしがることはあっても、彼とすれ違うことはなくなった。
「行こう」
「はい」
差し出された手に自分の手を乗せて、前を向いた。
無表情なディートリッヒ様と鈍感な私は今日をもって夫婦となる。
沢山の人達に祝福されながら、幸せを噛みしめながらバージンロードを歩き、天使様の前で一生の愛を誓う。
そんな私達を、愛のキューピット様は優しい笑みで見守ってくれていた。
-完-
ディートリッヒ様が「王子達にも報告したい」とおっしゃるので、翌日、馬車に揺られて城へ向かった。
中はいつも通りというべきか静寂に包まれていた。けれど私が何かを勘違いして心配することはない。
いつも通りの無表情。けれど組んだ両手に口を寄せながら前傾姿勢を取る様子から緊張しているということはありありと伝わってくるのだ。
いつも通り会えばいいだけなのに。
そんな姿すらも愛おしくて思わずクスっとしてしまうのだった。
――が、私が余裕でいられたのはその時だけだった。
シンドラー王子とマリー様に近々結婚することを告げた。
男爵令嬢と公爵家次期当主との結婚という、あまりにも身分の開いたその恋に二人は目を見開いた。
もしかして別れろって言われるのかしら?
お二人は応援してくれると思いこんでいただけに、固まってしまったことが心配でならない。
そうなれば味方はあのラティリアーナ様と……後はセルロトとフランカかしら? お姉さまやジャックも喜んでくれるといいのだけど……。
「大丈夫だ」
ディートリッヒ様は弱気になってしまった私の肩を抱いてくれる。
「ディートリッヒ様……」
そうよね。
身分差なんて初めから分かりきっていたことだものね。
祝福されずとも、この思いは変わることはない。
ディートリッヒ様から勇気をもらうように彼に寄り添う。
するとそれを合図に二人はすくっと立ち上がった。
「お母様に伝えなくては!」
「隊のメンバーに送る手紙を作成するわ! 出来上がり次第、各地に送りなさい!」
そしてなんだか大層なことを口にして、部屋から飛び出していった。
「これは……認めてもらえたということでいいのでしょうか?」
「お二人の間ではすでに認める認めないの基準になかったのだろう。もう、ドレスもほとんど完成しているようだし」
「ドレス?」
一体なんのこと?
首を捻れば、ディートリッヒ様も同じように首を捻った。
「希望のドレス案、話し合ってただろう?」
「へ?」
「もしかして、知らずに話していたのか?」
「だってあれはマリー様のだとばかり!」
「私はあれ以来、気持ちを通じ合わせているのだと思っていた。自分相手のドレスを選んでくれるほどに、と。だからアイヴィーの友人相手に嫉妬して、部屋の花冠を見た時はその身を引こうと決意したのだが……。そうか、始まってすらいなかったのか……」
誰が相手も正式に決まっていない状態でドレスを選んでいると想像するか。マリー様のドレスだと思ってノリノリで選んでしまった過去の自分が恥ずかしい。だがお相手がディートリッヒ様だと分かれば、騎士様の正装に似ているのも納得である。
だが気づかなかったのは何も私だけの責任ではない。
「でもディートリッヒ様、怒ってたじゃないですか」
シンドラー王子とマリー様に仕舞わせたディートリッヒ様だって悪いのだ。
わざとらしく頬を膨らませれば、ディートリッヒ様はコテンと首を捻る。
「妻の結婚衣装を一緒に決めたいと思うのは何も不思議なことではないだろう?」
「………………そうですね!」
表情一つ変わらないのに、私の胸を確実に射止めにかかる。
なんて破壊力だ……。思わず真っ赤に染まった顔を両手で覆うのだった。
それからわずか一ヶ月としないで、結婚の準備は整っていった。
マリー様とシンドラー王子が仕立ててくれていたウェディングドレスは微調整を残すのみ。話し合いの時には名前すら出ていなかったアイビーが裾に刺繍されているのを見つけた時は思わず涙がにじんでしまったほど。
「似合っているわ。ディートリッヒ様にあげるのがもったいないくらい!」
結婚式当日、ウェディングドレス姿の私にそんな言葉をかけてくれるマリー様はまるで自分のことのように笑ってくれた。
「おめでとう。アイヴィー」
「ありがとうっ、ございますっ……」
大切な人に祝福してもらえることが嬉しくて、私の涙はせき止めることを忘れたように溢れ出す。
「泣くのは早いわよ」
仕方ないわねぇなんてハンカチで涙を押さえてくれるマリー様。
そんな姿はまさしく乙女のようで、数週間前からシンドラー王子と共に厳しい花冠講座を開いていた人とは別人のようだった。だが彼女達のおかげで私の頭にはディートリッヒ様渾身の一品が乗っている。
「ほら、そろそろ行かないと。ディートリッヒ様が待ちきれなくて、こっちまで来ちゃうわ」
「はい!」
マリー様に背中を押され、式場へと向かう。
王都に来たばかりの頃の私は、まさかお姉様よりも早く結婚するなんて思っていなかった。
それに田舎から出てきてくれたお姉さまとジャックがぽかんと口を空けてたたずむほど豪華な式を挙げることも。
ささやかなものでも記憶に残る式にしようとディートリッヒ様と話していたのだが、そんなところに豪華な面々が意義を唱えたのだ。
その結果、第一王子にリアゴールド家の令嬢、アッシュ家の令嬢と豪華な面々のバックアップを受けた結婚式になったという訳だ。
ここにBIG3の一角であったらしい王妃様も加わっているらしいのだが、そこは現実逃避したい。
だって王妃様にずっと心配されていたなんて恥ずかしすぎるんだもの!
「緊張しているのか?」
「そりゃあ、一生に一度の式ですもの。ディートリッヒ様は緊張なさっていないのですか?」
「緊張よりも嬉しさの方が大きい。やっと、アイヴィーが私の妻であると胸を張って言えるのだから」
「ディートリッヒ様……」
私達が会場に選んだのは天使様のステンドグラスが飾られた教会だ。
少し狭いが、思いでの場所だからとのディートリッヒ様の言葉で決定したのだ。
何でも彼は天使様に私と一緒に幸せになることを願ってくれたらしい。
だから始まりはここからにしたい、と。
真顔でそう告げるから、こちらが恥ずかしくなって思わず顔を赤らめてしまった。
思いを伝えあった日から、ディートリッヒ様は自身の気持ちを伝えてくれるようになった。
何でもマリー様とラティリアーナ様からのアドバイスらしいのだが、恥ずかしげもなくストレートに思いを伝えられる身にもなってほしい。心臓がいくつあっても足りないわ。今だって、もう少しで会場に入るところなのに、心臓は跳ね上がってしまっている。これでは緊張どころではない。けれどそのおかげで私は恥ずかしがることはあっても、彼とすれ違うことはなくなった。
「行こう」
「はい」
差し出された手に自分の手を乗せて、前を向いた。
無表情なディートリッヒ様と鈍感な私は今日をもって夫婦となる。
沢山の人達に祝福されながら、幸せを噛みしめながらバージンロードを歩き、天使様の前で一生の愛を誓う。
そんな私達を、愛のキューピット様は優しい笑みで見守ってくれていた。
-完-