「いい? つまりお兄さまに選ばれるということは大変名誉なことなのよ!」
一件落着――と紅茶を楽しんだ数日後、再びラティリアーナ様が訪問する未来を誰が予想できただろうか。
百歩譲ってディートリッヒ様を訪ねて、ならば空白の期間が短すぎても納得できないことはない。
けれどディートリッヒ様の魅力をフリップ形式で解説されるなんて想像できないでしょ!
「はぁ……」
ため息によく似た返事を返しながら、つい数日前まで相応しくないって散々言葉を投げてきたじゃない……と心の中で愚痴を漏らす。
一体どんな風の吹き回しだろうか。
練習、かしらね?
その可能性はあり得るな。
なにせディートリッヒ様は私の数個上。婚約者がいるという話は聞かないがそろそろ結婚してもいい年頃だろう。今まで結婚しなかったのって王子のお世話役があるからなんだろうか。だけど王子が結婚するのはあと数年後だ。それまで待っても、名門貴族の嫡男のディートリッヒ様なら引く手あまたなんだろうな~。
実は公にされていないだけで婚約者がいらっしゃったり?
考えてみて、その可能性が高そうだなんて一人で納得する。
とりあえず今回は座らせてもらって、なぜかお茶とお菓子まで用意してもらっている。
適当に聞き流して終わるのを待つのが一番だ。
そんなことを思いながら、紅茶を啜る。
けれどそれがラティリアーナ様の逆鱗に触れてしまったらしい。
「ちゃんと聞いているの?!」
「は、はい!」
「本当に? 疑わしいわね……。もう一度、初めから説明するわよ。まずアッシュ家の歴史は1000年以上前に遡るのだけど……」
ふりだしに戻るとか、どこのすごろくよ……。
アッシュ家の歴史から、アッシュ家がいかに安定した家であり、クリーンな一族かから始まり身分差を気にする者は身内にはいないことを、自作なのだろうフリップを駆使しながら熱く語られる。
この前、散々『男爵令嬢ごとき』って連発された記憶があるのだが、ここは気にしたら負けなのだろう。
さらにそこからディートリッヒ様自身の説明というかお兄さま自慢に入り、どこで集めてきたのか『アッシュ家の使用人の声』『同僚・部下・上司の声』『友人の声』『他の貴族達からの評判』『城の使用人達からの評判』を解説してくれる。
なんというか、凄くブラコンを拗らせているのだということはヒシヒシと伝わってくる。それに上司の声ってシンドラー王子のことじゃ……完全なる悪ノリよね。
本当、何をしているんだか……。
おそらくあの二度で、私相手にはこういうことをしても怒られないと悟ったのだろう。ディートリッヒ様の不在さえ狙えばという条件はつくが、地位も立場もちょうどいいのだろうし。
それで気が済むというのなら。
何よりお世話になっているディートリッヒ様の未来のお相手へのプロモーションが上手くいき、結婚までトントン拍子に進むのなら悪い話でもないのだろう。
何周目分からないお兄さま自慢を聞かされた私はすでにディートリッヒ様の魅力講座ができるまでに成長した。
今後、プロモーション活動の一人として駆り出されても大丈夫なほど。
もしやそこまで考えて!?
ラティリアーナ様、猪突猛進型ブラコン拗らせ系令嬢かと思えば、策士だったとは。さすが1000年以上続く名家のご令嬢である。
乾いた喉を潤すようにカップの紅茶をクイッと飲み干すところはおじさん臭いが、まぁそれだけ気を許してくれているということだ……多分。
「ラティリアーナ」
気づけば窓の外は暗くなり、いつもよりも遅く帰宅したディートリッヒ様がドアの前で絶対零度なオーラを醸し出していた。
私でも分かるほどにお怒りだ。
素早くソファから立ち上がり「お帰りなさいませ」と頭を下げるが、今日のディートリッヒ様にその声は届かない。ラティリアーナ様の元へと近づくと、おもむろに彼女の腕を掴んで引き上げる。
完全に強制送還される姿勢だ。
けれどラティリアーナ様は力一杯自身の腕を引き抜き、そして両手を胸の前で纏めた。
「だって、だっておかしいじゃない! お兄さまがこんなに思い続けているのに、全く気づいてないなんて!」
それはまるで遠回しに私への不満を爆発さえているよう。
あれ、予行練習じゃなかったの?
だって初めの彼女の話だと私はディートリッヒ様に相応しくなかったはずだ。
なのに今の彼女はまるで私にアッシュ家の嫁に入って欲しそうな……。
「ラティリアーナ……」
「私、このままなんて認めませんからね!」
それにはディートリッヒ様の眉も少し、ほんの少しだけ下がる。
威力を弱めるどころか強く主張を続ける妹に困ったようだった。
それはそうだろう。
何を勘違いしたのか、過去の思い人に妹がアプローチをかけているなんて、困らないはずがない。これは長い時間をかけてでも誤解を解く必要があるだろう。少し離れた位置に控えながら、大変だなぁ~なんて他人事のように眺めていた。
けれど次の瞬間、困り果てたディートリッヒ様は爆弾を落とす。
「アイヴィーにはすでに決まった相手がいるんだ」
ラティリアーナ様の両肩を掴んで、妹を引き下がらせるための嘘を吐く。
そんな相手はいないのだが「なぁ」と話を振られては話に乗る以外の選択肢はない。
「はい」
何が悲しくてこんな嘘をつかねばならないのか。一掃するには一番都合がよかったのだろう。
けれどラティリアーナ様は食い下がることはない。
「嘘よ! だってBIG3を筆頭にお兄さまとこの人をくっつけようとする見守り隊が発足しているのよ! あの人達の目をかいくぐってくる男なんているはずないわ!」
またBIG3か。
しかも知らぬ間に隊まで出来てしまっているらしい。
一体そんなもの、誰が所属しているのだろうか。
十中八九、変なことを吹き込んだのもそのBIG3率いる見守り隊なのだろう。
どこで活動しているか分からないその集団に思わず頭を抱えてしまう。ディートリッヒ様も同じ額に手を当てて考え込んでしまっている。
ここまで話が大きくなっていたら、処理も大変よね。
頭痛の原因お察しします……。
予期せぬところで仕事が増えてしまったことに申し訳なさを感じながらも、一介のメイドに過ぎない私は傍観を決め込んだ。
――はずだった。
「愛した女性が幸せになるんだ。その相手が自分でなかったとしても見守るのが男のつとめだろう……」
「お兄さま……」
凄くカッコいい言葉でまとめにかかっているところ非常に申し訳ないのだが、私に相手など存在しない。
シンドラー王子にはそういう相手がいないことは伝えてあるし、ディートリッヒ様も分かっている、はずよね?
唇をかみしめ、俯くその姿は迫真の演技をしているだけよね?
胸を掴んで悲しみに浸るディートリッヒ様についつい心配になってしまう。
そんな姿を見たら、これが本当に正しい選択なのか分からなくなってしまうじゃないか。
もしこれが演技なんかじゃなかったら。
終わったというのが私の勘違いだったら。
私はどうしたらいいのだろう?
過去の私をかき集め、緊急脳内会議を開始する。
その中で過去の私の一人が手に乗せていたのはハート型のフォンダンショコラだった。
これに賭けてみろって?
知らなかったらそれまでだって、一歩踏み出してみようか。
どうせこれ以上失うものはないのだから。
だから試すようにあの言葉を含んだ質問をディートリッヒ様に投げかける。
「ディートリッヒ様。もしも私が花冠が欲しいとねだったら、作っていただけますか?」
口から出た声は震えていた。
断られるのが怖いなんて感情が今更ながらにわき上がってきたのだ。
けれど言っちゃったから。
もう、後戻りはしない。
「え?」
何を言っているの? と首を傾げるラティリアーナ様。
この空間でその意味が分かるのはディートリッヒ様と私だけ。
だから今は関係ないだろうって一蹴してくれても構わない。
おへその前辺りで組んだ手は、ディートリッヒ様から直々に下される思いが私を突き落とすものではないかとカタカタと震えている。
けれどその時は何事もなかったかのように笑うから。
俯いた顔にどんな言葉が帰ってきても笑ってみせろと信号を贈る。
「…………アイヴィーがそれを望むのなら」
けれどそれは私を引き上げてくれるもので、思わず私はもう一歩踏み出した。
「私、一生もらえないと思って、自分で花冠作ったんです。でもディートリッヒ様の物をもらえるのなら」
「…………!」
顔をあげたその瞬間、視界は暗闇に包まれる。
けれど決して冷たいものではない。
むしろ愛おしい人の体温は今までで一番心地のいいものだった。
「一生記憶に残る物を贈ることを約束しよう。だから私の側にいてくれ」
「メイドとして、ですか?」
そんな意地悪な言葉が出てしまうのは、まだ不安だから。
けれどディートリッヒ様は私を抱きしめる手を緩め、真っ直ぐとした瞳で私を見据えた。
「妻として、私のとなりで笑っていて欲しい。……君さえよければ、だが」
「私、嬉しいです」
ディートリッヒ様の手を包み、幸せに浸るのだった。
一件落着――と紅茶を楽しんだ数日後、再びラティリアーナ様が訪問する未来を誰が予想できただろうか。
百歩譲ってディートリッヒ様を訪ねて、ならば空白の期間が短すぎても納得できないことはない。
けれどディートリッヒ様の魅力をフリップ形式で解説されるなんて想像できないでしょ!
「はぁ……」
ため息によく似た返事を返しながら、つい数日前まで相応しくないって散々言葉を投げてきたじゃない……と心の中で愚痴を漏らす。
一体どんな風の吹き回しだろうか。
練習、かしらね?
その可能性はあり得るな。
なにせディートリッヒ様は私の数個上。婚約者がいるという話は聞かないがそろそろ結婚してもいい年頃だろう。今まで結婚しなかったのって王子のお世話役があるからなんだろうか。だけど王子が結婚するのはあと数年後だ。それまで待っても、名門貴族の嫡男のディートリッヒ様なら引く手あまたなんだろうな~。
実は公にされていないだけで婚約者がいらっしゃったり?
考えてみて、その可能性が高そうだなんて一人で納得する。
とりあえず今回は座らせてもらって、なぜかお茶とお菓子まで用意してもらっている。
適当に聞き流して終わるのを待つのが一番だ。
そんなことを思いながら、紅茶を啜る。
けれどそれがラティリアーナ様の逆鱗に触れてしまったらしい。
「ちゃんと聞いているの?!」
「は、はい!」
「本当に? 疑わしいわね……。もう一度、初めから説明するわよ。まずアッシュ家の歴史は1000年以上前に遡るのだけど……」
ふりだしに戻るとか、どこのすごろくよ……。
アッシュ家の歴史から、アッシュ家がいかに安定した家であり、クリーンな一族かから始まり身分差を気にする者は身内にはいないことを、自作なのだろうフリップを駆使しながら熱く語られる。
この前、散々『男爵令嬢ごとき』って連発された記憶があるのだが、ここは気にしたら負けなのだろう。
さらにそこからディートリッヒ様自身の説明というかお兄さま自慢に入り、どこで集めてきたのか『アッシュ家の使用人の声』『同僚・部下・上司の声』『友人の声』『他の貴族達からの評判』『城の使用人達からの評判』を解説してくれる。
なんというか、凄くブラコンを拗らせているのだということはヒシヒシと伝わってくる。それに上司の声ってシンドラー王子のことじゃ……完全なる悪ノリよね。
本当、何をしているんだか……。
おそらくあの二度で、私相手にはこういうことをしても怒られないと悟ったのだろう。ディートリッヒ様の不在さえ狙えばという条件はつくが、地位も立場もちょうどいいのだろうし。
それで気が済むというのなら。
何よりお世話になっているディートリッヒ様の未来のお相手へのプロモーションが上手くいき、結婚までトントン拍子に進むのなら悪い話でもないのだろう。
何周目分からないお兄さま自慢を聞かされた私はすでにディートリッヒ様の魅力講座ができるまでに成長した。
今後、プロモーション活動の一人として駆り出されても大丈夫なほど。
もしやそこまで考えて!?
ラティリアーナ様、猪突猛進型ブラコン拗らせ系令嬢かと思えば、策士だったとは。さすが1000年以上続く名家のご令嬢である。
乾いた喉を潤すようにカップの紅茶をクイッと飲み干すところはおじさん臭いが、まぁそれだけ気を許してくれているということだ……多分。
「ラティリアーナ」
気づけば窓の外は暗くなり、いつもよりも遅く帰宅したディートリッヒ様がドアの前で絶対零度なオーラを醸し出していた。
私でも分かるほどにお怒りだ。
素早くソファから立ち上がり「お帰りなさいませ」と頭を下げるが、今日のディートリッヒ様にその声は届かない。ラティリアーナ様の元へと近づくと、おもむろに彼女の腕を掴んで引き上げる。
完全に強制送還される姿勢だ。
けれどラティリアーナ様は力一杯自身の腕を引き抜き、そして両手を胸の前で纏めた。
「だって、だっておかしいじゃない! お兄さまがこんなに思い続けているのに、全く気づいてないなんて!」
それはまるで遠回しに私への不満を爆発さえているよう。
あれ、予行練習じゃなかったの?
だって初めの彼女の話だと私はディートリッヒ様に相応しくなかったはずだ。
なのに今の彼女はまるで私にアッシュ家の嫁に入って欲しそうな……。
「ラティリアーナ……」
「私、このままなんて認めませんからね!」
それにはディートリッヒ様の眉も少し、ほんの少しだけ下がる。
威力を弱めるどころか強く主張を続ける妹に困ったようだった。
それはそうだろう。
何を勘違いしたのか、過去の思い人に妹がアプローチをかけているなんて、困らないはずがない。これは長い時間をかけてでも誤解を解く必要があるだろう。少し離れた位置に控えながら、大変だなぁ~なんて他人事のように眺めていた。
けれど次の瞬間、困り果てたディートリッヒ様は爆弾を落とす。
「アイヴィーにはすでに決まった相手がいるんだ」
ラティリアーナ様の両肩を掴んで、妹を引き下がらせるための嘘を吐く。
そんな相手はいないのだが「なぁ」と話を振られては話に乗る以外の選択肢はない。
「はい」
何が悲しくてこんな嘘をつかねばならないのか。一掃するには一番都合がよかったのだろう。
けれどラティリアーナ様は食い下がることはない。
「嘘よ! だってBIG3を筆頭にお兄さまとこの人をくっつけようとする見守り隊が発足しているのよ! あの人達の目をかいくぐってくる男なんているはずないわ!」
またBIG3か。
しかも知らぬ間に隊まで出来てしまっているらしい。
一体そんなもの、誰が所属しているのだろうか。
十中八九、変なことを吹き込んだのもそのBIG3率いる見守り隊なのだろう。
どこで活動しているか分からないその集団に思わず頭を抱えてしまう。ディートリッヒ様も同じ額に手を当てて考え込んでしまっている。
ここまで話が大きくなっていたら、処理も大変よね。
頭痛の原因お察しします……。
予期せぬところで仕事が増えてしまったことに申し訳なさを感じながらも、一介のメイドに過ぎない私は傍観を決め込んだ。
――はずだった。
「愛した女性が幸せになるんだ。その相手が自分でなかったとしても見守るのが男のつとめだろう……」
「お兄さま……」
凄くカッコいい言葉でまとめにかかっているところ非常に申し訳ないのだが、私に相手など存在しない。
シンドラー王子にはそういう相手がいないことは伝えてあるし、ディートリッヒ様も分かっている、はずよね?
唇をかみしめ、俯くその姿は迫真の演技をしているだけよね?
胸を掴んで悲しみに浸るディートリッヒ様についつい心配になってしまう。
そんな姿を見たら、これが本当に正しい選択なのか分からなくなってしまうじゃないか。
もしこれが演技なんかじゃなかったら。
終わったというのが私の勘違いだったら。
私はどうしたらいいのだろう?
過去の私をかき集め、緊急脳内会議を開始する。
その中で過去の私の一人が手に乗せていたのはハート型のフォンダンショコラだった。
これに賭けてみろって?
知らなかったらそれまでだって、一歩踏み出してみようか。
どうせこれ以上失うものはないのだから。
だから試すようにあの言葉を含んだ質問をディートリッヒ様に投げかける。
「ディートリッヒ様。もしも私が花冠が欲しいとねだったら、作っていただけますか?」
口から出た声は震えていた。
断られるのが怖いなんて感情が今更ながらにわき上がってきたのだ。
けれど言っちゃったから。
もう、後戻りはしない。
「え?」
何を言っているの? と首を傾げるラティリアーナ様。
この空間でその意味が分かるのはディートリッヒ様と私だけ。
だから今は関係ないだろうって一蹴してくれても構わない。
おへその前辺りで組んだ手は、ディートリッヒ様から直々に下される思いが私を突き落とすものではないかとカタカタと震えている。
けれどその時は何事もなかったかのように笑うから。
俯いた顔にどんな言葉が帰ってきても笑ってみせろと信号を贈る。
「…………アイヴィーがそれを望むのなら」
けれどそれは私を引き上げてくれるもので、思わず私はもう一歩踏み出した。
「私、一生もらえないと思って、自分で花冠作ったんです。でもディートリッヒ様の物をもらえるのなら」
「…………!」
顔をあげたその瞬間、視界は暗闇に包まれる。
けれど決して冷たいものではない。
むしろ愛おしい人の体温は今までで一番心地のいいものだった。
「一生記憶に残る物を贈ることを約束しよう。だから私の側にいてくれ」
「メイドとして、ですか?」
そんな意地悪な言葉が出てしまうのは、まだ不安だから。
けれどディートリッヒ様は私を抱きしめる手を緩め、真っ直ぐとした瞳で私を見据えた。
「妻として、私のとなりで笑っていて欲しい。……君さえよければ、だが」
「私、嬉しいです」
ディートリッヒ様の手を包み、幸せに浸るのだった。